"里海"とは、1998年に九州大学の柳哲雄教授によって提唱され、「人手を加えることで生物多様性と生産性が高くなった沿岸海域」と定義されています。
"里海"という言葉は、2007年6月の「21世紀環境立国戦略」、同年11月の「第三次生物多様性国家戦略」、さらには2008年3月の「海洋基本計画」等に盛り込まれ、2006年の「世界閉鎖性海域環境保全会議(EMECS7)」で“Satoumi”として紹介されて以来、国際的にも注目を浴び、その概念とともに世界に定着しつつあります。
この考え方は、江戸時代から現行漁業法まで脈々と受け継がれ、長きにわたって培われてきた「磯は地付き、沖は入会い」の精神に裏打ちされた日本古来の漁業制度に端を発し、「海の守人」たる漁業者主導による沿岸管理手法に根ざしたものです。
しかし、魚が獲れなくなってきて、1953年に79万人であった漁業就業者は、1993年に32.5万人、2015年には16.7万人と1/4以下にまで減少し、それに伴って高齢化も急速に進み、漁業者だけでは漁場である海の管理ができなくなってきています。
海は、人にとって無くてはならない、万人が共有する貴重な財産です。
人は海とどう関わっていけば良いのかが、今、問われているのです。
アマモ場
“里海 Satoumi”は「瀬戸内海生まれの日本発」と言われていますが、岡山県には「里海づくりのトップランナー」と呼ばれる地域があります。
兵庫県との県境近くに位置する備前市日生です。
日生の漁師さん達は30年以上もの歳月を費やし、ほとんど消滅してしまったアマモ場を250ha以上にまで回復させたのです。
アマモとは、海の中に生えている草です。
「海水浴に行くと足にからまる緑色の草」、と言えば思い当たる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
このアマモがたくさん生えている場所をアマモ場と言います。
アマモ場は、”海のゆりかご“と言われ、魚やイカが産卵したり、魚の赤ちゃんが隠れる場所になったり、光合成を通じて大量の酸素を生み出すなど、海の生き物にとってとても大切な場所となっています。
最近の研究では、温室効果ガスCO2の吸収源として、地球環境にも重要な役割を果たしていることも分かってきました。
岡山県日生町地先におけるアマモ場の推移
日生における“里海づくり”は、大きく分けてアマモ場の再生、海洋牧場づくりと海面利用ルールの策定、アマモ場とカキ養殖を通した環境学習の3つに整理できます。そして、今では、一般市民、地元の小・中学校などが活動に参画し、立場や世代を越えて、漁師と市民と子ども達協働による“里海づくり”が進められており、さらには地域を越えて、環境教育や陸域を含めた地域振興にまで広がりを見せ、新たなステップを踏み出そうとしています。
本年6月3日~5日には、日生の地において、全国アマモサミット2016 in 備前「備前発!里海・里山ブランドの創生~地域と世代をつなげて~」が行われました。
北海道から沖縄まで全国からの参加者数は2,000名にも達しました。
漁師、研究者、NPOを始め市民活動グループの人達など様々な立場、小・中学生、高校生、大学生など様々な世代が集い、つながり、活発な意見交換や交流がなされました。
中でも日生中学校生徒による演劇「海に種まく人々」は大好評を博しました。
日生の漁師さん達の30年の歩みを子供たちが熱演し、会場は笑いと涙と感動の渦に巻き込まれ、いつまでも鳴りやまぬ拍手を呼び、会場全体が一気にひとつになりました。
多少とも興味を持たれた方は“全国アマモサミット2016 in 備前”で見ることができますので、ご覧いただけましたら幸いです。
日生中学校生徒達による演劇「海に種まく人々」
皆さんも“里海づくり”に関わってみませんか。
沿岸で問題になっている漂流ごみ、漂着ごみ、海底ごみの大半は河川を通じて海に流れ込む家庭ごみです。
身近にある海を意識し思いやること、そして、何より地域ごとに季節に応じて水揚げされる地物の魚を食べること、“旬産旬味”を楽しむことこそが、“里海づくり”の第一歩なのです。
1953年大阪市生まれ。
高知大学を卒業後、岡山県において水産技師として32年間勤務。
退職後2012年に“里海”の提唱者である九州大学名誉教授の柳哲雄氏らとともにNPO里海づくり研究会議を設立、現在に至る。
県北の真庭市にとっては、海はなかなか身近な存在にはなりませんが、真庭市で降った雨は川を通じて瀬戸内海へと流れています。
豊かな水を下流の地域に流していくためにも、豊かな森づくりを行っていきたいと改めて思いました。
また、日生とは流域は違いますが、瀬戸内海で繋がっているという視点で、お互いの活動、「里海づくり」と「森づくり」の交流を行うことができればステキだと思いました。
本コラムで色々と考えるきっかけになりました。ありがとうございました。