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金の梅・銀の梅

[2026年5月8日]

ID:81998

金の梅・銀の梅

梅ヤシキには、梅の木が何百本かうわっているのです。三月になると、その梅の木にいっぱい花がさいて、ウグイスがそこで、ホウホケキョウとなきます。だから、そのヤシキのおくの方へ行くと、なんだか、夢でもみているような気分になります。ことしの三月も親類のケンちゃんが泊りがけできたので、ボクはあんないして、そこへ遊びに行きました。ホントは入るとしかられるんだけど、ボクたちは、そうっと、そこの杉のイケガキの間からもぐって、梅の林のおくの、おくの方へ行きました。そして木の下の石にこしをかけて、ふたりで、キャラメルを食べました。

 そうしていると、ウグイスの声がしました。ホウホ、ケキョ、ケキョ。気をつけていたら、花のむこうの方に、枝から枝へとんで行く一羽のウグイスが見えました。その時、ケンちゃんがいったのです。

「この梅の木、実がなる?」

「なるとも!」

ボクがいいました。

「どんな実?」

ケンちゃんがきくから、ボクはオヤユビとヒトサシユビで、カッコウをして見せました。

「なんだい。小さいじゃないか。」

ケンちゃんがいうのです。そこでボク、

「梅の実、小さい方がいいんだよ。だって、梅はみんなウメボシにするんだろう。これくらいが、ちょうどころあいなんだとさ。」

といったのです。すると、

「フーン。」

ケンちゃんはそんな返事をするのです。それでボクはしばらくだまっていました。ケンちゃんも、なにもいいません。ところが、ボクしだいにハラが立ってきました。ホントウのことを教えてやっているのに、わざとフーンなんていうんですもの。それでボク、少しメチャクチャになって、いってやったんです。

「ケンちゃん、金の梅、銀の梅って知ってるかい。」

「知らない。」

そこで、ボク、

「フーン。」

て、いってやったんです。と、ケンちゃんがいうんです。

「金の梅、銀の梅って、なんだい。」

「金の梅は金の梅、銀の梅は銀の梅。」

「じゃ、それ食べられるの。」

「どうかなあ。ボク知らないや。」

「見たことあるの。」

「あるよ。」

「どこで見たの。」

こうなっては、シカタがないもんで、

「ここで見たよ。ここの木になっていたよ。」

そういってしまったんです。

「いつ?」

「きょねん。」

「ことしもなる?」

「なるだろう。」

「いくつ?いくつくらいなる?」

「一つか、二つ。でも、ならない年もある。」

これはウソです。みんなウソなんだけど、つい、そういってしまったのです。

 それから三月、ちょうど梅のうれるころ、ケンちゃんちから手紙がきました。

「ケンスケが病気になりました。熱の高い時、金の梅、銀の梅がほしいと、ウワゴトに申します。そういうものが、絵にでも、お話の本にでも、あるのでしょうか。もしありましたら、おかし下さい。」

 お母さんに、この手紙を読み聞かされ、ボクほんとうにこまりました。でも梅ヤシキの人にたのんで、そこの梅を一ショウほど売ってもらい、それをもって、ケンちゃんを見まいに行きました。途中にお宮がありましたから、ボクそこをおがんで、ボクのウソをおゆるし下さい、ケンちゃんの病気を、おなおし下さいと、神さまにたのみました。

「ごめんなさい。シマダのキンタロウです。ケンちゃんのおみまいにきました。」

教わったとおりに、ボクが玄関でいうと、おばさんが走るように出てきました。

「まあ、よくきて下さった。」

大喜びして、ボクを奥の間につれて行きました。そこにケンちゃんはねていました。

「ケンちゃん、キンちゃんがおみまいにきてくださったよ。」

 おばさんがいうので、ボクはまず梅のカゴをケンちゃんの枕もとにおき、

「梅屋敷の梅ですが——」

そういいました。それからウソのおわびをしようとすると、おばさんがいわれました。

「あの梅屋敷の梅ですか。ケンちゃんがそれを待っていたのですよ。」

それから、ケンちゃんの耳近くへ口をよせて、

「ケンちゃん、あの金の梅、銀の梅ですよ。キンちゃんが持ってきてくださったよ。見せたげましょうか。」

 そういわれるのです。ボクはおどろいてしまいました。しかしそこへすわった時からケンちゃんのようすが、どうもヘンに思えてしかたがなかったのです。目をつぶってあおむけにねていて、ボクなんかに、気がつかないようなんです。ケンちゃんでなくて、ベツの人かと思えるくらいです。

 あとで聞いたら、その時ケンちゃんは病気のため、目もよく見えないようになっていたということです。それで、おばさんは、梅をカゴから出して、一つをケンちゃんの右手に、一つをその左手ににぎらせました。そして、

「ケンちゃん、こちらが金の梅よ、こっちは銀の梅。わかりましたか。」

 こういいました。ケンちゃんは目をつぶったまま、右手と左手とをかわるがわる上にあげてこういいながら、耳の近くでふって見せました。

「こっちが金の梅。それから、こっちが銀の梅。」

 これは人にいうより、自分で自分にたしかめているようでした。おばさんはそれにつれて、

「そうよ。そちらが金の梅。そうだよ。それが銀の梅。」

 そういいました。

「キレイなの?」

 ケンちゃんがきくのでした。

「そうとも、とてもキレイよ。」

「フーン、光ってる?」

「光ってるよ。ピカピカ、ピカピカ。」

「フーン。」

ケンちゃんはそういいいい、こんどは両手をあわせ、その中で二つの梅をもむようにしていました。その間にも、

「金の梅、銀の梅。」

と、ひとりごとをいって、それがさもうれしそうに、さもたのしそうに、見えました。だからおばさんまで、

「ケンちゃん、よかったねえ。」

 なんていいました。

「なってるところを見たいなあ。」

 ケンちゃんはいうのでした。

 だけどボクは、そう信じこんでるケンちゃんの有様が、気のどくでなりませんでした。まるで赤ちゃんのようにだまされているのです。いいえ、ボクだっておばさんといっしょに、ケンちゃんをだましているのです。それで、

「ボク、かえります。ケンちゃん、早くよくなって遊びにおいでよ。」

 そう早口にいって、そこを立ってきてしまいました。おばさんがとめても、ドンドン帰ってきてしまったのです。あとできくとケンちゃんは、その梅が、おお気に入りで、手からはなさず「金の梅、銀の梅」といいつづけていたそ

うですが、それから一月ばかりでなくなりました。

 ケンちゃんのお墓の前には、その梅の種からはえた梅の木が二本植えてあって、それをあとあとまで、家の人たちはキンの梅、ギンの梅っていいました。ケンちゃんがそう信じていたからでしょうが、ボクは、あとあとまでケンちゃんをだましているようで、気もちがよくありませんでした。

 できるものなら、そのお墓の前の梅の木に、ホントウに金銀の実をならせたかったのです。もっとも、その二本の梅の木には毎年毎年、それはよく花が咲き、それはよい実がなったそうです。でも金の梅、銀の梅は、ならなかったようです。