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トンボと飛行機

[2025年4月30日]

ID:71850

トンボと飛行機

 そのころ、ぼくは門をでるとき、いつも用心したものです。だって、まえのたんぼのくいの上に、よくトンボがとまっていたからです。

 トンボもトンボ、とらふのヤンマです。あれが捕れるのだったら、ごはんの一ぺんや二へん食べなくてもいいくらいです。

 なにしろ、シオカラなんかの三倍も四倍もあって、しっぽが黄色いマンダラです。ぼくたち子どもの一ばんのお宝です。フナなら十ぴき、スズメの卵なら三つ、カブトムシだと四ひき。とりかえっこすれば、こんな相場だったのです。だから、ぼくたち、このヤンマを見つけたとなると、たいへんです。顔色をかえて、追っかけていったものです。そんなヤンマが、なんと、

「きょうはおるかも知れない。」

 ぼくが思ったとおり、門のまえのたんぼのアゼのくいに、ちゃーんと、とまっていました。まるで、ぼくのくるのを待ってたようです。そしてハネをピカピカさせ、目玉をグルグルさせて、

「いま、あの子ども、手をのばすよ。手をのばしたら、にげてやろう。」

 そう、あの大頭のなかで、ヤンマは考えていたようです。しかし、いくら、そう考えていても、ぼくにかかっちゃ、もうダメです。なにしろ、ぼくは、トンボ捕りの名人です。いままで、このお宝ヤンマを、なんびき捕ったでしょう。二十とききません。しかも、それが、その年のその夏から秋へかけて四か月ばかりのあいだです。それはそうと、ぼくは、そのとき、その大ヤンマにむかって、三メートルもまえから、右手で大きな輪をかきました。その輪をしだいに小さくして、ヤンマに目をまわさせ、目のまえまで手をふっていって、目まいのしたそれをスッと手づかみにする。むかしから伝わる、あの捕りかたです。ともかくクダクダ書くことはありません。ぼくは、ヤンマをつかまえると、おじさんの家へかけつけました。

「さ、おじさん、ヤンマをつかまえてきたよ。これを見本にして、子ども乗りの飛行機をつくってちょうだい。やくそくだから。そして、それに早くぼくを乗せて。」

「よし、よし。どれ、見せてごらん。」

 おじさんは、四十ですが、もう頭のはげている、村のブリキ屋です。ヤンマを手にとると、ハネをいじって、頭をかしげました。

「フーン、よくできてるなあ。とにかく、軽くてじょうぶな、このハネ。これができさえすれば、あと、ワケないんだが。こいつが、なにしろクセモノなんだよ。」

「クセモノでもいいから、早くつくって、すぐつくって。え、いつつくれる。ぼくが乗れるヤツ。」

「フーン。」

 おじさんは、タバコに火をつけ、しきりに頭をかたむけ、

「ナルホド、ナルホド。」

 そんなことをいうばかりでした。

 いまから五十年ほどまえ、わたしが八つ、小学三年のときの思いでです。そのおじさん、いいおじさんでしたが、いつのまにか、スッと村から消えていなくなりました。わたしはずいぶん楽しみにしていたのに、おじさんのそのゆくえはついにわかりませんでした。わたしは二十ぴくもその宝のヤンマをおじさんにやったのです。

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