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[2021年5月11日]

ID:29720

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 学校の運動場の横手の芋畠へ家が建つことになったそうで、芋を堀り上げ、すっかり地ならしが出来ました。
 或午休みの時間でした。善太と有馬君と倉田君と五十嵐君なぞ五六人が、その地面のそばの柵のところでふざけ合っていました。そのうちに有馬君が柵の間から手を出して、太い芋の蔓が出っぱっているのを、引ッつかみました。
「何だい、何だい。」と、みんなが、寄って来ました。有馬君が蔓をぐいと、ひっぱりましたが中々ぬけません。そこで柵へ両足をふんばって、うんうんうなって、引っぱりました。
「そこだッ。がんばれ。」と、みんなが、はやしました。と、じりじりと土がひびわれ、むくり上り、根ッこがバリバリ切れる音がしたと思うと、大きな赤い芋の頭がのぞき出しました。
「ほう、芋だ。」と一人が言いました。そのうちに有馬君は、すとんと、後へ、しりもちをつきました。それと一しょに、大きな芋がころりと、柵の間から、有馬君の足もとへとびこみました。とても大きな芋です。蹴球のボールの半分ぐらいもありそうです。
 有馬君は、しりもちをついたまま、その芋をひろって股の間へおいて、みんなの方を見上げて、とろけるような顔をして笑いました。それから、蔓を切りのけ、土を落して、両手でその芋をもって立ち上りました。すると、みんなが、「あッ、あッ、あッ。」と声をそろえて、はやし出しました。人の畠の芋を盗んだと言ってけなすのです。有馬君はおどろいたように、わざと口をとがらし、目を大きくあけて、タコのような顔をして見せました。みんなは、やっぱり、
「あッ。あッ、あッ。」と言ってやめません。有馬君は、ちぇッというように、芋を畠へなげかえしました。ところが芋は畠へはとびこまず、柵にあたって、ゴトンと、はねかえりました。みんなは、わッと言って、それへとびかかりました。倉田君と善太とが、芋をおさえました。
「仲間にしよう。」と善太が言いました。
「うん。」と、倉田君は、にこにこして、こッくりをしました。
「おい、小使さんのお婆さんのとこで焼いてもらおう。」と善太が言いました。
「それだ。」と倉田君は芋をもって立ち上りながら、
「有馬君、三人で食べようよ。」と言いました。三人は、倉田君を真中にして、ラグビーのボールでも守っていくように、小使室へかけつけました。
「小使さん、これ焼いてくれない?」と倉田君が言いました。
「何ですの?」と、お婆さんは倉田君の手もとをのぞきこんで、
「あら、芋ですか。」と言いました。
「芋、ほら、大きいの。あすこの柵の外からほり上げたの。焼いてよね、三人で食うんだから。」と倉田君は一人で言いました。
「こまりますね。それは。」
「どうして? ちっとも困りゃしないよ。じゃァそこへおかしてね。その火のそばへおいとけば、ひとりで焼けるよ。ねえ。」
「芋ならあたしんとこにもあるけれど、学校で芋なんて食べるのはいけません。先生がごらんになったら、あたしまでが叱られます。」
「ふうん。それでは。」と、倉田君は考えこむように頭へ手をやりました。
「どうする?」と善太が言いました。
「うん。うまいことがある。」
 倉田君はこう言うなり、その芋をもってとび出して、一人でどんどん裏門の方へかけていってしまいました。善太たち二人は、ぽかんと立って見ていました。倉田君がかえって来ました。
「どうした?」と有馬君が聞きました。
「いいんだよ。あとで分るよ。」と倉田君は、すましています。と、鐘が鳴り出しました。午後は綴方の時間でした。善太は教室へすわると、雑記帳へ、
「芋をどうした?」と、かいて、となりの倉田君に見せました。
「門のそばにおいてある。」と倉田君は、じぶんの帳面へかいて見せました。
「人にとられやしないか。」
「大丈夫。草の中にかくしてある。」
「どうするつもりだ。」
「帰りに出して、森の中で焼いて食うのさ。」
「よしよし。うまいぞ。」
 二人はこれだけ、字でかいて話し合いました。善太は、もう今から、口の中で焼芋の味がするような気がしました。それから、机にかじりついて綴方をかきはじめました。倉田君は雑記帳の片はしを小さくちぎって、何かかきつけて善太に読ませました。
「帰りに裏門の前の橋の上で待っていてくれ、芋をやいて食うから。」
 善太が読みおわると、倉田君は、その紙ぎれを後の有馬君へ、そっとわたしました。
 学校がおわると、善太と有馬君は、さきに立って、裏門のところの小さな橋の上へ来て手すりによりかかって、濁った水を見つめながら待っていました。すると倉田君が来ました。倉田君は、橋の右手の川岸の草の中へ手をつッこみましたが、ちょっと首をかしげて、足でその辺をさぐりました。そして、
「おッとと。」と言って芋を両手でもち上げ、
「ふう、もう少しで川の中へ、おっことすところだった。」言い言い橋の上へ来ました。
「落したっていいよ。芋は重くッたって水に浮くから、すぐひろえばいいよ。」と有馬君が言いました。
「芋が浮く?」と善太は、ふしぎそうな顔をして聞きかえしました。
「浮くとも。」
「浮くもんか。」と、今度は倉田君が言いました。そこへ五十嵐君が来かかりました。善太は、
「おい、五十嵐君、君も来いよ。これから、さっきの芋をやきにいくんだ。みんなで食べようよ。」
 と言いました。五十嵐君は笑って、「あの芋四人で食えるの。」と言いました。倉田君は、
「食えるよ。ほら、ここにもあるんだよ。今小使さんのお婆さんが、芋をどうしたって聞くから、森の中でやいて食べるんだと言ったら、笑って、じぶんとこの芋をこんなにくれたよ。ほら。」
 倉田君はみんなに左右のポケットをのぞかせました。善太は、どうりで、上着がへんにふくれてたよ、と、おもいました。六つも、もっています。
「いこう。」と倉田君が言いました。
「いこう。」と、みんなもにこにこして言いました。橋をわたってしまうと善太は五十嵐君に向って、有馬君が芋が水に浮くと言ったけれど、浮くかしら、と話しかけたので、また議論になって来ました。
 有馬君はどうしても浮くと、がんばります。善太と倉田君は、かならず沈むと言い張りました。五十嵐君は、浮くかもしれないよと言います。こうなれば仕方がありません。
「それじゃ水の中へ落して見ようか。」と善太が言い出しました。
「うん、落して見たまえ。きっと浮くよ。」と有馬君は、おじぎをするような身ぶりをして言いました。
 みんなは橋の上まで引きかえしました。倉田君は、もっていた芋を両手にのせて、橋の手すりの外へつき出しました。そして有馬君をふりかえって、
「浮かなかったらどうする。」と聞きました。
「浮かなかったら沈むよ。」と有馬君は笑い出しました。
「ばか。」と倉田君はそう言っておいて、今度は芋に号令をかけました。
「沈めい、おいッ。」
 それと一しょに、ドブンと大芋を川の中へおとしました。四人とも首をのばして水の上をのぞきこみました。言うまでもなく、芋は石のように、まっすぐに水の下へ沈んでいきました。
「そうれッ。」と倉田君は大威ばりで指さしました。
「どうだい、ぼくが第一ばんに、浮くかと聞いたろう?」と善太も自慢そうに言いました。
「だってあれ、大芋だもの。そっちの小さいのをやって見ろよ。きっと浮くよ。」と有馬君はまだまけおしみを言います。
「よし。」と倉田君は、小さい芋を一つ出してドブンとおとしました。
「ふん。あのとおりだ。」
「そうかなあ。ぼく浮いているのを見たんだけどなァ。」と、言いながら有馬君は、倉田君から、芋を一つもらって落してみました。やっぱり沈みました。そうかなァ、と有馬君は首をかしげていましたが、
「じゃァもう一つやらせてくれよ。今までのは、あまり上の方から落すからじゃないかなァ。」と、こんなことを言いながら、倉田君のポケットへ手をつっこみ、芋を二つとり出して、向こうの岸へいき、下まで下りて水ぎわへ、しゃがみました。そして、さも、浮かせようと苦心するように、一つを、そっと水の上へおくようにして手をはなしましたが、やっぱり沈みました。
「やァい。」と善太は笑いました。有馬君は、まってろまってろと言うように、もう一つおとしましたが、それも沈みました。
「やあい、ばか。」ドーンと倉田君は、のこった最後の芋を、有馬君の顔のまんまえへ、なげつけました。
「あッ、よせよう。」と有馬君はとびのきました。善太と倉田君は、すっかり勝ちましたが、そのかわり焼く芋はなくなってしまいました。
「やァい。」と倉田君は、声を上げてかけ出しました。善太も五十嵐君も、
「それッ。」と言って、スタートを切りました。
 有馬君は、つまらなそうな顔をして、あとから一人でとぼとぼかえりました。

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