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タコと小鳥

[2021年5月10日]

ID:29721

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タコと小鳥

 これは私の幼い頃の話です。
 そうです。もう三十幾年前になりましょうか、私はその時十一でした。その頃は尋常小学校が四年でした。高等がまた四年でした。それで、尋常を出ると、私は直ぐ高等に入りました。だって、中学へ行くのには、高等二年を出てからでなければいけなかったのです。
 ところが、その高等というのが、郡に一つしかありませんでした。それで私の生れた処は岡山県御津郡と言うのでしたが、これは長さ十二キロ幅四キロという細長い郡でした。高等小学校はその真中に一つ立っていました。それで、郡の端っこの方の生徒は六キロずつを歩いて通うような有様でした。今のように自転車もなければ、自動車なんか日本に一つもない時のことです。雨が降ったり、雪がふったりすれば、みんな道具を風呂敷で背中に背負い、袴の裾をからげて、帯にはさみ、泥の中を跣足で学校へ通いました。今のように雨外套だの、靴だのというものも、小学生はまだ使わない時でした。
 そんな時ですから、北の端の村と、南の端の村とではまるで時候まで異うような気がしました。だって、北の村は山の中にあり、南の村は海に沿うて居りました。だから、時候とまでは行かなくても、産物となると、全く違っていたのです。
 まず、北の端っこの村は牧石村と言いましたが、そこでは冬になると兎などがよくとれました。春は目白や頬白などもとれました。殊に夏の初め、そこでとれるギオンホタルというのは、私達子供にとっては、何を出しても、取り代えこしたいものです。
 いや、その頃は子供の間にとてもよく取り代えこがはやりました。私の家は丁度その郡の真中で、岡山の町に近い処にありました。それで子供にとっての珍らしい産物というものは何一つないのでした。夏は蝉、秋は柿、というのですが、そんなものはその頃の田舎の子供に少しも珍らしいものでありません。ところが、南の端っこの、海沿いの村、福浜などでは、春でも冬でも、めずらしい貝殻や、めずらしい魚釣り鈎などがあります。西の端っこの村だって、それは白石村と言いましたが、笹ヶ瀬川と言う大きな川があって、そこで鯉や鰻がとれました。鯉の子や、鰻の子などをビンに入れて、そちらの子供はよく学校へ持って来ました。私がどんなに欲しかったことでしょう。然し、そんなものは今とちがって、お金を出すからと言ったって、中中とって来て貰えるものではありません。それでも、欲しくて、欲しくて、私は色々のものを列べて、その友達と相談しました。半紙を一帖やるから、とも言ってみました。小刀を一つ、それも新しいよく切れるのをやるからと言って見ましたが、駄目でした。
 ところが、いいことがありました。私の家はむかし鉛筆をつくっていたことがありました。それで、土蔵の隅っこへ行くと、造りかけの、まだ円くしてない、四角のままの鉛筆がありました。ある日、それを二三本とり出して、村の友達にやりましたところ、みんながとても喜んで、誰も彼も、おれに、おれにと言って、一本でも二本でもやらなければ堪(こら)えてくれない程でした。それで、みんなに一本二本ずつやったのですが、すると、みんなはそれを学校へ持って行きました。と、それが直ぐ評判になりました。三時間と経たない間に、いつか鯉の子を持って来た友達が私の処へ駆けて来ました。お休みの時間だったのです。
「のう、坪田君、僕にあの青山君にやってる鉛筆をくれよ。そうしたら、鯉の子を明日二匹ビンに入れて持って来てやるよ。」
 私は大賛成です。
「ウン、ウン。二本やらあ。二本持って来てやらあ。」
 ところが、これを聞いていた、同じ村からやって来る友達が、その友達を押しのけて言い出しました。
「僕にもくれよ。僕は鯉の子を三匹、ウウン、四匹でも五匹でも持って来てやるよ。」
 と、これを聞いていた、牧石村の友達が言い出しました。
「坪田君、鯉なんか駄目じゃ。僕は小鳥の巣をとって来てやらあ。目白だぞ。此の間から、僕は森の中でちゃんと見付けて置いたんだ。卵を四つもうんどるんだぞー。それを親鳥と一緒にとって、籠に入れて持って来てやらあ。もう二三日で卵がかえるから、子鳥が四羽、親が二羽、どうなら、のう、じゃから、僕に鉛筆を五本くれえ。のう、のう。」
 いや、これは全く私を有頂天にさせました。こんなんだったら、鉛筆の四角のなんか、百本やってもいいと思いました。
「ウン、ウン、やるとも、やるとも、その代り明日是非持ってくるんだよ。」
 私がこう言うか言わないかに、この友達を押しのけて、もう一人の福浜の友達が言い出しました。
「小鳥の巣なんか何だい。おりゃ、のう、坪田君、タコを持って来てやらあ。タコ壺でとれたタコを、その壺のまま、まだ生きとるの持って来てやらあ。面白えで、八本の足で、這い出すからのう。」
 これには、私、一も二もなく賛成しました。
「ウンウン、そんなら、鉛筆を七本持って来てやらあ。」
 と、牧石村の友達が負けずおとらず言いました。
「タコが何なら、おれ、なあ、明日猪の子を持って来てやらあ。猫のように小さいんだぞ。それでもなあ、口の両端からキバが生えとんのぞ。それを二匹持ってきてやらあ。だから、鉛筆十本くれえ。」
 こんな有様で、私は見る間に何百本と鉛筆をやる約束をしてしまいました。然し昔のことです。私は猪を貰ったか、タコを貰ったか、そこの処をハッキリ覚えて居りません。終には鯨の子さえくれると言った友達があったのですが――。

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