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<坪田譲治作品紹介>「遠くにいる日本人」

[2020年6月19日]

ID:22774

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遠くにいる日本人

 (初出  『読売新聞』1953(昭和28)年1月)
 (収録本 『坪田譲治全集 10巻』 新潮社)

  ノートルダム清心女子大学 4年 松岡夏美
 

 童話「遠くにいる日本人」を私が初めて読んだとき印象に残ったのは、ヤシの木やクジャクなど、主人公の目に映るものの描写である。さまざまなものが淡々と、数多く描かれているので、とても密度の濃いにぎやかな話だと感じた。そしてそのにぎやかさに魅了され何度も読むうちに、この作品に込められた、坪田譲治の思いを考えるようになった。
 この作品は、主人公である「私」が夢の中で声を聞くところから始まる。

   だいじょうぶだよ。こんなに祈ってるんだもの、日本の国が、仕合わせにならないって法はないよ。昭和二十八年は、きっとよい年だよ。
 
 「私」が聞いたこの言葉から、この作品の時代は昭和28年の初期であることがうかがえる。目を開けた「私」は驚いた。自分が砂漠に立っていたからである。「私」の目の前には池の景色が広がっており、岸にはヤシの木やタコの木といった数本の木が立っていた。タコの木の下の枝には白いオウムのような鳥がたくさんいて、その上の枝にはクジャクが尻尾を広げて立っている。「私」はそのクジャクを見た瞬間に、「鳥のなかの王さまだ」と考えた。そのクジャクの尻尾が、一目見ただけの「私」でも分かるほどに、他の鳥達と比べて美しく立派だったのだろう。
 その鳥のいる大木のかげに、「私」は動くものを見る。そこには日に焼けて真っ黒になった一人の人間がいた。その人は石に向かって拝んでいて、「私」が日本人だと分かると、「私も実は日本人です。」と言った。それからその人は拝んでいた石を傾けて、その下から五十銭銀貨を取り出して「私」に見せる。その人はその銀貨を「日本の国とも、日本の国民とも、日本の神々とも思って」毎日拝んでいるのだと言う。その言葉が全て日本語であったために、「私」はその人が日本人であると疑わなかった。あるいは、「私」はその人が日本語を話したことだけでなく、その人の日本に対するひたむきな愛情を感じ、日本人だと判断したのかもしれない。
 そしてその人は、鯉やクジャクの羽などを「私」に渡す。五十銭銀貨を「日本の国とも、日本の国民とも、日本の神々とも思って」いたその人は、「私」に対しても同じような感情を持ち、ものを渡すことで日本に対する愛情を表そうとしたのではないだろうか。それからその日本人は再び日本の幸福を祈り、「さばくのはてにも、こんな日本人がいるということを忘れないでくれ」と、「私」に別れの言葉を伝える。そこで「私」の夢は覚める。
 この作品を締めくくる一文は、「そこで私は夢からさめたのですが―。」という「私」の言葉であり、その続きになにが語られるのかと考えさせられるものとなっている。「私」は日本の幸せを願っていた人のことを、果たして夢として忘れてしまうのだろうか。
 このような作品全体を通してのメッセージについて改めて考えると、作品の時代背景となっている昭和28年は坪田譲治も経験した太平洋戦争の終結から8年後であり、戦争直後の混乱が少しずつ収束している時期であることに深い意味があると思われる。そのような時代背景の中で、坪田譲治はどのような思いをこの作品に込めたのだろうか。
 戦争中に国外へ出て、日本に帰れなくなった人々は多くいる。「遠くにいる日本人」に登場する砂漠にいる日本人は、戦後、日本に帰ることができなくなった人々を象徴しているのではないかと思う。私は、この作品の最後の言葉から、坪田譲治は日本人の戦争の記憶が夢の記憶のように薄れていくことへの警鐘を鳴らしているのではないかと感じられた。また、砂漠にいる日本人が作中で何度も日本の幸せを願っている描写には、日本の平和への願いが込められているのではないだろうか。もしかしたら、「私」がその人から聞いた「さばくのはてにも、こんな日本人がいるということを忘れないでくれ」という言葉についても、坪田譲治自身が、戦争が終わっても日本に帰れない人がいる現実を忘れないようにしてほしいと考え、また、かつて日本が経験した戦争の悲惨さを忘れないようにと願う、私たち読者に向けたメッセージなのかもしれない。

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