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探検紙芝居

[2020年6月18日]

ID:22649

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探検紙芝居

 「善太、善太。」
 お父さんの声がしました。
  「なあに。」
  「三平でもいいや、ちょっとハガキを出して来て頂戴。」
 これを聞くと、丁度五目並べをしていた善太と三平は、顔を見合せました。
  「三平チャン、行って来いよ。」
  「兄チャン行けばいいじゃないか。」
  「だって僕、昨日から随分用事したんだぞ。八百屋へ行ったろう。酒屋へ行ったろう。」
  「僕だって、一昨日から随分やってるよ。」
  「何をやった。」
  「学校へ行ったろう。」
  「馬鹿ッ。そんなこと用事になるかい。」
  「じゃ、猫を追っぱらったろう。」
  「そんなの用事であるかい。」
  「だって、その猫、魚をとろうとしていたんだよ。」
  「駄目、駄目。」
  「じゃ、台所のナメクジをとったげた。」
 いつまでもこんなことを言っていて、二人がなかなかやって来ないもので、お父さんがまた言いました。
  「早く行ってくれるものにはお駄賃だよ。」
 これを聞くと、
  「ウン、僕行く。」
  「ウウン、僕が一等。」
 二人は競争で、お父さんのところに駆けつけました。そして部屋の前で、「僕だ、僕だ。」と押しくらを始めました。その末、
  「じゃ、じゃんけん。」
 ということにきまりました。五回勝負ということで、
  「ジャンケン、ポッ」と烈しい掛声をかけ合いました。善太が勝ったのですが、それでは三平がどうしても承知しません。もう一度、もう一度、というのです。それで二人はまた五回勝負を始めました。今度は三平が勝ちました。と、善太の方で承知しません。それで、もう五回勝負ということになりました。これこそ本当の勝負というのです。然し、そんなではお父さんの方で困ってしまいます。
  「ではね、二人で行ってらっしゃい。その代り、今日は紙芝居をしてあげる。」
 これには二人とも大賛成です。善太がハガキを持ち、三平が後にくっついて
  「特急で行って来よう。競争だ。競争だ。」
 と駆けだしました。
 さて、
  「出して来たよッ。」
 と、二人がお父さんの部屋へ帰って来ますと、もうちゃんと机の上の紙の上に二匹のロバが描いてありました。
  「どうしたの、お父さん、これ、兎?」
 机の上をのぞき込んで、三平が訊きました。お父さんは、話は上手なんですけれども、絵は上手でありません。それで、ロバが足の長い兎としか見えません。
  「ほんとだなあ。兎にしては足が長いし。」
 善太も言いました。
  「何を言っているの。これはロバなんだよ。これから、このロバに乗って、善太、三平二人の子供が探険旅行に出かけるんだ。」
 こう言うと、お父さんはペンをとって、見る間に、そのロバの上に乗っている二人の子供を描いてしまいました。二人とも兵隊の帽子を被り、兵隊の服を着ています。腰には長い長い剣さえ下げております。この兵隊姿は二人とも気にいりましたが、何としても、乗っているロバが気にいりません。それでまず善太が言いました。
  「お父さん、僕はロバはいやだなあ。馬にして頂戴。」
 三平も言いました。
  「僕もロバはいや。馬がいいや。ウウン、馬より虎がいいや。ウウン、虎よりか象がいいや。象だ。象だい。」
 そして、もう口の両側から突き出している象の牙の真似をして、両手の人さし指を突立てて、善太に突きかかるような恰好をいたしました。
  「弱ったなあ。もう二人ともロバに乗っちゃったんだから。それじゃ、こうしよう。二人ともロバの後に馬と象とをつれて行くのさ。そして猛獣に出会ったときなど、直ぐそれに乗り替えるのさ。いいだろう。」
  それで善太の後には一匹の馬を描きところが、後にもう描くべき紙の余りがなかったもので、それがとても小さい馬になりました。馬の形はしていても、鼠くらいしかありません。それがロバに引かれて行っております。
  「や、小さい馬だなあ。ロバに蹴とばされるよ。」
 三平が言いました。
  「いいやい。今に大きくなるんだ。」
 そう善太が言ってるうち、今度は三平の象が出来ました。これがまた小さい象で、イモムシに鼻と牙と尻尾をくっつけたようです。
  「やあい。三平の象はどうだい。今にロバに踏みつぶされるぞ。」
 善太が言いました。でも、描く場所がないんだから仕方がありません。
  「いいやい、いいやい。僕の、今生れたばかりなんだよ。もう直ぐ大きくなるんだね、お父さん、そうでしょう。」
  「そうとも、そうとも。馬も象も直ぐもう大きな親馬、親象になるんだ。」
 お父さんが言いました。さあ、それで、いよいよ出発することとなりました。そこでお父さんが始めました。
  「プップクプ、プップウ。ラッパが鳴りました。善太、三平の二人の探険家はロバに乗って、これから獅子や鷲の住んでいる猛獣国に向って、いよいよ日本を出発することになりました。御覧の通りに、二人とも長い長い剣を下げております。二人は剣の達人で、剣さえあれば、如何なる猛獣が出て来ようとも、たとえそれが豹や虎であっても、また鰐や大蛇であっても、ただ一打ちに討って取るという人なのであります。今までとても、棒を持って、大カマキリのカマと渡り合い、そのカマキリの首を打ち落したというのは言うまでもなく、雨蛙などは一度に二匹叩きつぶしたという剛のものであります。獅子の三匹や五匹一度に向って来たって、ビクともする人達ではありません。」
 ここまでお父さんが言って来ると、善太が言うのでした。
  「あ、お父さん、待って、待って。僕に大鷲を一羽持たして。」
 お父さんは驚きました。
  「え、大鷲?鷲をどうするの。」
  「ウウン、よく馴らしてある鷲なんだよ。その鷲で空の鳥をとらせるんだ。鶴だの雀だの。そして、それを旅行中の食物にするんだよ。」
 これを聞くと、三平も言いました。
  「ウン、僕には網を持たして。魔法の網。それで、水の中の魚はどんな魚でも直ぐとれるって網。大きくもなれば、小さくもなり、水にちょっとつければ、思う魚が直ぐその中に入って来るって網。」
  「ほほう、便利な網だなあ。」
 こうお父さんは言いましたが、仕方ありません。食物なしでは、旅行できませんから、食物をとる心配をしてやらなければなりません。
  「じゃ、描くかな。善太は鷲、三平は網。」
 と、善太がまた言いました。
  「お父さん、駄目、網を描いちゃ駄目。だって、そんな魔法の網なんかありゃしないじゃないか。」
 こんなことを言って、善太は三平にくってかかりました。
 すると、三平が言いました。
  「いいや、いいや、魔法の網がなくてもいい。僕は網の代りに籠にする。籠を描いて、魔法の籠、蓋をとって受けてさえいれば、どんなものでも欲しいものが入って来るという籠。僕はそれで受けて、海や河に行ったときには魚をとり、林に行ったときには木の上の果物をとるんだ。山では小鳥だって兎だって、とるんだ。いいなあ。魔法の籠、魔法の籠。大きな籠だ。大籠だ。」
 そう言うと、三平はもう踊り出しそうに身体をゆすりました。善太は、どうも鷲では籠に負けるようで、心配になって来ました。そこで言いました。
  「駄目駄目。魔法の籠なんて、あってたまるかい。ね、お父さん、魔法の籠なんかないでしょう。」
 でも、三平は負けていません。
  「あらあい。あるとも。」
  「じゃ、言って見ろ。魔法の籠って、どんな籠だい。」
 これには三平も弱りました。然し、どうもどこかで、本の中で読んだような気がします。それで言いました。
  「だって、僕、本で読んだんだもの。童話の中に書いてあったんだもの。ね、お父さん、そんな籠あるでしょう。」
 お父さんも困りました。どうも聞いたことがあるようにも思えれば、ないようにも思えます。
  「そうだなあ。昔は、あったかも知れないね。だけど、今じゃないだろうね。」
  「そうれ見ろ。ないもの描こうたって、描けないじゃないか。」
  「ウウン、そうだなあ。」
 三平は考え込みました。網も駄目、籠も駄目とすれば、何を持ってくことにしたらいいでしょう。が、そのとき、兄チャンの鷲のことが頭に浮びました。そうだ。ないといえば、鳥をとる鷲なんてどこにもおりっこありません。そこで三平は言うのでした。
  「籠が駄目なら、兄チャンの鷲だって、いけないじゃないか。」
  「どうして、鷲は今でもおりますよ。動物園にだって、鳥屋にだって。」
  「鷲はいても、鳥や兎をとる鷲なんかいませんよ。」
  「いる。きっといる。」
  「じゃ、どこにいるか言って御覧よ。」
  「どこかにいる。」
  「どこかにいるんじゃ持って行けないじゃないか。ね、お父さん、そうでしょう。」
 どうも、兄チャンの鷲も、少しく危くなって来ました。そこで、お父さんが仲に入ることになりました。
  「まあ、待ちなさい。お父さんが二人にエハガキをあげる。飛行機のエハガキだよ。一枚ずつ。ね、そこで兄チャンは三平に魔法の籠を持たせてやり、三平は兄チャンになれた鷲を持たせてあげなさい。」
  「ウン、いいやいいや。」
 三平は直ぐ承知しました。が善太はちょっと頭を傾げました。
  「飛行機のエハガキなら、僕二枚欲しいなあ。だって、三平チャンの籠なんて第一世界にないものなんだもの。」
 これを聞くと、三平も黙っていません。
  「じゃ、僕も二枚。」
  「二人とも慾ばりだなあ。じゃ、とにかく二枚ずつあげる。その代り、この探険旅行もうこれでおしまい。」
 お父さんのこの言葉を聞くと、二人とも困りました。
  「あ、いいや、いいや。もう僕エハガキなんかいいから、魔法の籠もいいから探険旅行やらせてよ。」
 三平が言いました。善太も同じに言いました。
  「僕もそうだ。エハガキも鷲もいいから、探険旅行つづけてよ。」
 では ということで、旅行の紙芝居はつづけられることになりましたが、二人とも無理をもう言わないというので、お父さんは善太には鷲、三平には籠を持たせてやりました。然し、それも紙に描く場所がなかったもので、鷲は翼を拡げて、ロバに乗った善太の帽子の上にとまらせました。大きな籠は三平が背負って行くことになりました。ところが、善太から見れば、大籠を負うてロバに乗っている三平の絵が、どうもおかしくてなりません。それで、
  「魔法の籠って、へんな籠だなあ。」
 と言って笑いました。それは丁度瓢箪のように細長くて、中がくくれていました。
  「だけど、兄チャンの鷲、尻尾のない鷲だなあ。」
 三平も言いました。
 でも、新しい紙を一枚、机の上に拡げて、お父さんは次の絵を描き始めました。今度は大きな大きな飛行船の絵であります。飛行船は、海の上や山の上や、それから野原や町の上などを飛んでおります。
  「さて、日本を出発した善太、三平の探険隊は、グズグズとロバで行ってては一年や二年では、なかなか猛獣国に行きつきません。そこで或る日のこと、空を飛んでいる飛行船が目につきますと、三平は背中の魔法の籠を下しました。そして飛行船に向けて、エイヤ、エイ、ウムとばかり、魔法の掛声をかけました。すると、魔法はその飛行船にかかって、不思議や飛行船は、そろそろそろそろと下におりて来ました。丁度籠の口近くにやって来たとき、魔法をといて二人はその飛行船に飛び乗りました。その飛行船はアメリカ映画会社の飛行船で、これから猛獣国を映画に写しに行くところでありました。これ幸いと、二人はその飛行船の人達に頼んで、自分達も一緒に中に乗り込んで、猛獣国へつれてって貰うことといたしました。そこで今、飛行船の中には、二匹のロバを初め、馬に象、大鷲まで乗り込んで、大海や高山の上を飛んで、遠い猛獣国へ向うところであります。これというのも、三平の魔法の籠あったればこそ、三平は籠を手に抱え、飛行船から下を覗いて、万歳万歳と叫びました。」
 これを聞くと、三平が大変得意になりました。
  「どんなもんだい。僕の魔法の籠あったればこそ、あの大飛行船に乗れたんじゃないか。えへんえへん。」
 そしてこんなことを言って、座敷の中を大手を振って歩きました。これを見ると、善太が、
  「魔法の籠なんか何だい。大鷲の方が強いやい。」
 そう言って、三平にとっかかって行きました。そこで二人は、大変な取組合いになりました。取組合いになると、三平は、兄チャンに敵いません。とうとう押えつけられて、
  「どうだい。降参か、降参か。」
 と、兄チャンに責められました。それで、
  「降参、降参。魔法の籠あげるから、勘弁して。」
 そう言って、降参してしまいました。
  「さあ、始めるよ。おとなしく聴くんですよ。」
 机の上に白い紙をひろげて、お父さんが言いました。いよいよ猛獣国探険の紙芝居が始まるところです。
  「ブルルルルルブーンブンブン。これは飛行船のプロペラの音であります。善太と三平を乗せた飛行船は日本を発って、今、何日になるでありましょうか。ブルルルンブルンで飛びつづけました。そして今や、猛獣国上空の雲の中を飛行しております。御覧の通り、紙の上には飛行船の姿もなく、猛獣の絵もありません。ただ一色の白漠々―と言いますのは、白い雲が一杯で何一つ見えないということであります。その中にプロペラの音ばかりが鳴りつづけ、響きつづけているのであります。ブルーンブルルルルル。」
 善太も三平も、熱心に聴きつづけました。喧嘩どころでありません。ところが、お父さん、いつまでたっても雲の中で飛行船を飛ばせていて、下に下りて来ようとはいたしません。そこで善太が言いました。
  「お父さん、もういいよ。その辺で下に下して。」
  「よし来た。じゃ、下が山か海か、それとも沙漠か、分らないけれども、善太が言うんだから、下してしまうよ。いいかい。ワニがいて喰いつきに来たって知らないぞ。」
 お父さんは言うのでしたが、善太だって、三平だって、そんなことに恐れるような子供でありません。
  「いいとも。」
  「いいとも。」
 二人ともこう言いました。
  「さてな。雲の下に何があるだろう。」
 お父さんは考え込みましたが、
  「ウン、そうだ。」
  そう言うと、紙の上に、そうです、その下のところに横に筋を一つサッと引きました。それから、その筋の上に、まるで豆のように小さく、いいえ、豆に四本の足をつけたような絵をかきました。それを紙の端から端へ、一列に何十となくかきました。そればかりか、紙をまた一枚ひろげて、これにも同じようなことをかきました。それから、また一枚ひろげて、それにも同じことをかきました。それから、三枚列べた端っこの紙の上の方に、小さい飛行船をかきました。そして言い始めました。
  「さてさて、日本の子供、青山善太が、飛行船を下に下すようにと言いましたので、飛行船はだんだん下にと下りて来ました。ところが、どうでしょう。下に見えるのは、木もなく山もなく、見渡す限り広い広い砂原です。これが即ち沙漠というところであります。ところが、またどうでしょう。その上に豆粒のような獣が、長い長い行列を作って歩いております。これは何でしょう。鼠でしょうか豚でしょうか。それとも、猫や犬ででもありましょうか。いえいえ、そんなケチ臭い動物ではありません。これは英語でエレファント、日本語で言うと、象という動物であります。その数、まさに何千匹、一匹の巨象を先頭とし、長い鼻を打ち振り打ち振り、尖(するど)い牙を日に光らせ、砂を蹴立てて進んでおります。これを見た、善太と三平の驚き、はて如何ばかりでありましょう。中にも善太などになりますと、小学五年生であるにもかかわらず、ホロホロホロホロと涙を流し、アメリカ映画撮影隊の一人の胸に飛びついて、―おじさん、僕、象が恐い、象が恐い―と泣き出したのであります。」
 これを聞いては、いかな善太も黙っておられません。
  「駄目駄目、お父さん、そんなこと言うと、僕もうほんとに怒ってしまうから。」
 そう言って、大いそぎで隣りの部屋へ駆けて行き、長いものさしを持って来ました。
  「さあ、お父さん、ここへ象をつれて来て。僕、このものさしで一遍に退治してしまうから、さあ。」
 そう言うと、善太はものさしを両手で高く振り上げました。全く、象の一匹や二匹、すぐ叩きつぶしてしまいそうな元気です。
  「や、これは大変だ。」
 そう言いましたけれども、お父さん、ほんとうの象をそこへ出して来ることはできません。そこで言いました。
  「や、失敬失敬。今のは、間違いだ。だから、初めから言い直し。さて、只今のは、弁士の言い誤りでありました。泣いたのは、青山善太ではありません、その弟の――。」
 と言いかけますと、三平が、もうお父さんに飛びついて行きました。
  「やややや、これも、間違いでありました。泣いたのは、善太や三平ではありません。二人は日本男児で、なかなか泣くどころか、実は象の行列があまり長いもので、それを眺めているうちについ、退屈して大きなアクビをいたしました。それで二人の目からポロポロ涙が出たというのでもありません。ほんとうは、二人の側にいて、飛行船から首を長くして下を眺めておりました、二人のいや、二匹のロバが、泣きました。ロバは象が恐いか、長々と声を引っぱり、ヒヒヒヒヒヒヒヒヒと泣きつづけました。これを見て、善太と三平は、それぞれ自分のロバの首をなでて、―象なんか恐くないぞ。日本ロバだ。泣くな泣くな―と申しました。そのうちに飛行船は下に下りて、とうとう沙漠の上につきました。すると、その何千匹という象たちが、この飛行船をめずらしがって、一度にどっと押し寄せて来ました。そして見る間に、逃げる隙もなく周囲を象に取り囲まれてしまいました。」
 お父さんは、ここまで言うと、新しい紙をひろげて、そこに一つの飛行船をかき、その周囲に、一面に豚のような象をかきました。それからまた、言いつづけました。
  「さて、どうしたらいいでしょう。さすがの日本男児、青山善太も弱りました。三平とても困りました。二匹くらいなら、すぐものさしで叩きつぶす善太ですけれども、こう沢山いては叩きつぶすわけにもゆきません。三平だって、三匹までなら、つかまえて投げ飛ばすこともできるのですが、これでは第一、つかまえるにも骨が折れます。二人は、首を傾げて相談しました。 ―兄さん、どうしよう―三平が言いました。―ウン困ったなあ―善太も言いました。」
 ここまでお父さんが言いますと、善太が俄に口を出しました。
  「お父さん、いい考えがあるよ。そんなときは大砲を打てばいいじゃないか。」
  「よしよし。」
 そこで、お父さんが、紙芝居をつづけました。
  「さて、二人で困っているときであります。アメリカ人も困っているらしく、善太の側へやって来ました。―日本男児君、一体、どうしたらいいだろうね。もし、この沢山の象に一度にあばれられたら、この飛行船は、見る間に木ッ葉微塵です。いや、飛行船ばかりか、我々だって、生きては国に帰れません。いい考えを出してください―。すると、善太が言いました。―大砲はないんですか。大風大砲というのがありゃ、一遍に吹き飛してしまえるじゃありませんか―。すると、アメリカ人が言いました。―大風大砲? はて? そんなものはありません―。」
 このときです。三平が言いました。
  「お父さん、僕にいい考えがあるんだ。魔法の籠を僕にくれたら、その考え教えてあげる。」
 そこで、お父さんが言いました。
  「善太、どうする。あんたにいい考えがあればよし、なければ三平に返してやりなさい。」
 善太も、もうこうなっては仕方がありません。
  「いいや、返してやらあ。」
 そこで、三平のいい考えに従って、お父さんは、新しい紙に紙芝居をかきました。魔法の籠を背中に負うて、つれて来た大象に乗って、三平がその沢山の象の中に出て行くところであります。
  「さて、日本男児、小学三年生青山三平は、何と勇しい子供ではありませんか。今や、この飛行船とその乗組員の危難を救うため、一人象にまたがって、その何千という象の中へ出て行きました。三平は果して何をするのでありましょう。見ておりますと、三平は乗っている象を操って、さきほどまで象行列の先頭に立って駆けていた大象の側に、やって行きました。そして、その象の前に立つと、背中の籠をその象の方に向けて、エイヤ、エイ、ウムと、魔法の掛声をかけました。この掛声で、その象も籠の中に入ってしまうかと思われました。しかし、三平はそういたしません。掛声をかけると一緒に、自分の乗っている象の尻を、鞭でパチパチ叩いて、非常な勢で沙漠の方へ走り出しました。これにつれて、魔法をかけられた大象は、その籠の方を目がけて、これも非常な勢で駆け出しました。ところが、どうでしょう。この象の大将とも見える大象が沙漠の一方へ駆け出したのを見ると、他の象達はビックリして、その後を追いかけて、ドンドンドンドンと駆け出しました。どれくらい駆けたでしょうか。一千メートル、二千メートル、次第に次第に飛行船のところから遠くなって、とうとう沙漠の果てに見えなくなってしまいました。しかし、それにつれて何千という象も、後から後から、大足で砂をふみ鳴らし、もうもうと煙のようにほこりを立てて、とうとうこれも見えなくなってしまいました。これを見て、アメリカ人がどんなに喜んだことでありましょう。―やっぱり日本男児はエライです―と言いました。けれども、善太は心配になって来ました。象がいなくなったので、一方安心しましたものの、三平もそれと一緒にいなくなったのです。道を迷いはしないでしょうか。彼方の方でそれこそ一人で象に取り巻かれておりはしないでしょうか。ところが、そのときです。飛行船のプロペラが、ブルルルブルーンと廻転を始めました。そして、それと一緒に、次第に次第に上へ昇り始めました。これを知って、善太はビックリしました。三平はまだ帰っていないのです。こんな人一人いない、広さ何千キロという沙漠の中、三平一人残されたらそれこそ、どんなに魔法の籠があったって生きてはおられません。それで善太はすぐアメリカ人のところへ行きました。―駄目です。駄目です。三平がまだ帰らないじゃありませんか。三平をどうするんです。捨てて行くのですか。するとアメリカ人が言いました。―いいえ、いえ、捨てるどころですか。これから三平君を探しに行くんじゃありませんか―。そして、飛行船はグングン上にあがり、それから沙漠の上を、グルリグルリと舞い始めました。ほんとうに三平を探しているのです。ところが、どうでしょう。三平はどこに行ったか、それから、あの何千という象も、どこに行ったか。スッカリ影も形も見えません。見えるのは、広い広い、果ても知れない灰色の沙漠の砂の色ばかりです。それにまた、このとき困ったことが起きて来ました、沙漠の太陽が真赤になって、西の地平線に沈み出したのです。日が暮れたら、もうそれこそ、どんなにしたって、三平の見つかりっこはありません。さあ、どうしましょう。さあ、どうしましょう。」
 ここまで来ると、お父さんは煙草を出して、まずゆっくり火をつけました。そして言いました。
  「ね、善太君に三平君、ここらで一寸お父さんに休ませて。何ぶん、日が暮れそうなのに、三平のいどころが解らなくなってしまったんだから。」
 ところで、どうなりましょう。善太も三平も考えました。二人とも、しんけんに頭を傾けました。
  「三平、どうする?」
  善太が言いました。でも、三平は考えた末、
  「僕はいいことを考えているんだ。」
 と言うのでありました。と、またお父さんが、新しい紙をおいて始めました。それには、今度は一面に黒々と墨を塗りました。その中に一ところ点のような白いところを残しました。
 「さてと、お父さんが煙草を吸っている間のことです。沙漠は全く日が暮れてしまいました。そして、こんなに墨色になってしまいました。飛行船も見えなければ、三平も見えません。が、ただ一点、白く見えるのは、三平に解らすため、飛行船の尻に下げた小さな一つのランプです。これを見て三平が下にやってくれば―と、それを頼みに待つばかりです。ところが、ここに不思議なことが起こりました。どういうわけか飛行船が、風もないのに、一方へグングングングン引き寄せられるのです。大変大変と、みんなが狼狽えているうちに、とうとう、それは沙漠の上に引き下ろされてしまいました。下ろされたと思うと、側で声がしました。―僕だい。三平だい。―三平チャンか。ああ、よかった。どうしたんだい―と、善太が聞くと、―これが魔法の籠の力なんだよ―と、象に乗った三平が、もう飛行船のすぐ側へ立って、愉快そうにニコニコしていました。」

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