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セキセイ鸚哥(インコ)

[2020年6月18日]

ID:22626

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セキセイ鸚哥(インコ)

 善太はお母さんからキャラメルを貰うと、それを懐に入れて、急いで家を出ました。裏の土蔵の前には柿の木が青葉を飾って、風にそよいで居ります。その下の石の上に腰をかけて、キャラメルを食べ始めました。
 内には今、銀行の井上さんが来て居ります。その人、善太は大嫌いです。それなのに、お母さんは、井上さん、井上さんって、大切にあつかいます。どうしてそんなにあんな人をしてやるんだって、聞きたいと思うけれども、善太はそれをよう聞きません。何故聞かないかって、だって聞けないじゃあないか、と善太は云うに違いありません。だから―何故って、聞いてるんだよ。聞く人はそう云うに違いありません。だってさ―そう云って善太は考えます。然し彼には何故だか、やはり解りません。
 善太は土蔵の前に来て、ポツリポツリとキャラメルを食べて行きます。然しその間にも家の方に耳を傾けて居ります。心がその方に行って居るのです。だから、食べたキャラメルが一つも味がありません。食べてしまうと、下に落ちた包紙を下駄でポンポン蹴飛ばして、それから柿の枝からぶら下っているぶらんこに乗りました。初めはその上に立っていましたが、立っているばかりでは面白くありません。そこで、それをゆり始めました。ええッ、やけだ!ゆれゆれ、という処で、グングン、枝が折れる位い、青葉がザワザワ、地震のようにゆれる位いやっつけました。度度非常に延び切った綱がドシンドシンと宙落ちをやって、その度善太は握った手が離れそうになりました。然し善太は構いません。お母さんはあんな井上さんとばかり話しているんですもの、落ちて死んだって構わないや。そう考えました。然し直ぐそれにも疲れました。面白くないんですもの。そこで此度はグルグル廻りです。綱をねじて、よれた綱にコブが出来る程ねじて足を土から離すと、それがクルクルクル―。何度もやってる内に胸が悪くなって、頭が痛くなりました。先刻食べたキャラメルが咽喉の奥から出て来そうです。何て気持の悪いキャラメルでしょう。井上さんの来た時、いつもこんな気持がするんです。唾をそこら中に吐きました。あっちへ向いて吐き、此方へ向いて吐き、その間にも家の方に耳をすましました。が、家の中からは何の音も致しません。いつも斯うなんです。そして井上さんが帰ると、善太!善太って、お母さんが縁側から呼んでくれます。スゴスゴ帰って見れば、お母さんは蒼い顔をして居ります。畳の上に長々とねそべって居ります。お母さんは病身なんです。だから、井上さんが帰れば、いつでも病気です。髪をこわして、ヒステリーです。それが善太は嫌やなんです。井上さんなんか来なけりゃいいんです。何だって、母さんは、井上さんが好きなんでしょう。
 「いらっしゃいませ。」
 母さんは小さい声をするのです。そしてそうっと、井上さんを座敷に通すのです。そして善太にキャラメルをくれるのです。
  「遊んどいで―。」
 小さい声をするのです。善太は黙って家を出て来るのです。いつか、それははじめの頃でした。縁側に腰をかけてキャラメルを食べて居りました。すると、母さんがそっと来て、小さい声で、遊んでらっしゃい、ってまた云ったのです。
  「ウン。」って立って、善太は家を出て来ました。その時何だか母さんが気の毒な気がしました。が、今日は何て気持の悪いことでしょう。キャラメルに飽き飽きしました。いいことはないかしらん。側に竹の棒がありました。柿の葉に雨蛙がとまっていました。
  「そうだ!そうだ!」
 善太の気が引立ちました。棒をとって、雨蛙に向って、ヤッと正眼に構えました。発矢! と棒を打ち下ろしました。ビチャッと云って、柿の葉が一枚裂け、蛙はゆれる葉をソロソロと上に這い上がって居ります。後足の何と長くて間のぬけていることでしょう。そこをまた真向に振り冠って、発止発止と、何度も何度も打ち下しましたが、青葉が下に落ちるばかりで、蛙はやはり間のぬけた足を延して、ソロリソロリ上へ登って行って居ります。もう駄目だ。此度は滅多打ちにしてハラハラ落ちてきた青葉と一緒に下に落ちた処を、また滅茶苦茶に叩きつけて、延びた処を足をぶら下げ、側の鶏小屋の中にほうり込みました。鶏は喧嘩をしいしい集り、一羽が銜えて逃げ廻り、隅の方へ行って、それを頭や胴を突っつき散らし、手や足をさんざんに引きちぎって、それをまた二、三匹の鶏が足や胴を別々に銜えて逃げ廻り、見る間にみんなで食べてしまいました。食べてしまうと、鶏はまた善太の前に集って来ました。が、もう何もやるものはありません。善太は暫く鶏を眺めて居りました。
  「よし! もう一匹。」
 善太は柿の青葉の下に戻りました。棒を提げて上を見上げました。
  「いた! いたぞ!」
 柿の葉に向って正眼の構え。此度は飛び上らなければ棒が届きません。奮戦してまた一匹の雨蛙を足を持ってぶら提げ、鶏小屋の中へ投げ込みました。
  「待ってろ。」
 鶏が食べてしまうと、また柿の下へ帰えって来ました。
  「ええと、ええと。」
 こんなことを云いながら、善太は柿の青葉の下を、上を見上げてグルグル廻りました。独言を盛んに言うのはわざと景気をつけているのです。然し雨蛙は中にいません。
  「ようし! いいことがあるぞ。」
 善太はまるで大人のように軽く手を拍ちました。それからそこの物干竿に立てかけてあった細い竿を取りました。先には又になった木の枝がついて居ります。それを持って、彼は座敷の方へ足音を忍んで歩きました。座敷の隅の縁の柱にはセキセイの籠が掛って居ります。そこで座敷の手前の陰から、かれはその細い竿をそうっと籠の方に突きさしました。すると、ふと
  「だあれ?」
 と、お母さんの声を聴いたように思いました。彼は竿を静かに下に下ろし、暫く耳を傾けました。何の音も致しません。そこでまた竿を突出しました。そろそろ、そろそろ、と竿が籠に近づくに従って、セキセイが籠の中でバタバタと騒ぎました。
  「こいつは拙いや。」
 こんな大人びたことを善太は云いました。そしてそっと竿を下ろすと、家の後を廻って納屋に行き、そこから石油箱を一つ抱えて出て来ました。それを縁の柱の下に置くと、その上に乗って籠に手をやりました。その時座敷のことが気にかかったのです。が然し、見えるのが恐ろしいような気がして、そこから顔をずっと遠ざけました。
 「旨い旨い。」
 口の内で云って、善太はセキセイつがいの籠を柿の木の下へ持って来ました。さて細工は隆々です。彼は懐から白い糸を取出しました。二間ばかり延ばして端を切りました。先に輪を造って、さて、鳥籠の口を開けて手を入れました。バタバタ暴れるセキセイを一羽摑み出しました。
 「静かにしろい。」
 強盗の様な事を云いました。是から糸の先の輪をセキセイの一本の足にはめて、それを締上げました。糸の一方の端を手に固く巻きつけました。柿の木の下の石の上に腰をかけました。
 「ほうらあ―。」
 摑んでいたセキセイを放しました。紫色のセキセイがバタバタ羽を拡げてたちました。それにつれて糸を延しました。籠の中にいては小さなこの紫の小鳥も、外に出して見ると、中々大きく翼を拡げ、柿の木の下をあちらにバタバタ、こちらにバタバタと飛んで行きます。
 「ほうらあ―。ほうらあ。」
 そんなことを云い云い、善太はあちらに飛ばし、こちらに飛ばし、枝の中に飛び入ろうとすると、チョン、チョンと糸を引張って、無理矢理手許に引き戻します。何と美しく、何と面白いことでしょう。だが、籠の鳥です。二十分もするかしないかに、もう疲れて、土の上に下りたまま、どんなに善太が糸を引張っても、手で打つ真似をしても、足で蹴る真似をしても、歩くばかりで飛ばなくなりました。
  「こいつ駄目だ。」
 仕方がない。こいつは柿に一寸つないで置いて―で、此度はもう一羽の方を籠の中から摑み出しました。これにも二間の糸をくくりつけました。
  「そうら―飛べ―。」
 だが、そいつが飛び始めると、それにつれて前の分も飛び始めました。二羽はあちらこちらに飛び交うて、糸をスッカリもつらかし、善太が糸さばきも出来なくしてしまいました。そこで善太は、一羽を物干の竿の方へつなぎ変え、二羽の間を四間も五間も離しました。二羽は一緒になろうと、両方から互に飛び寄りました。
  「ステキ! ステキ。」
 そこで飛寄る二羽のセキセイの間に立って、善太は「おうッ」と一羽を追いました。そして又他の一羽を追い返しました。だが一羽飛んで来ると、又一羽が飛んで来ました。是を両方へ向って追い追いしていました。すると一羽が―柿の木に括られた方がバタバタッとたって昇ると見る間に、柿の枝にクルクルと糸を巻きつけて無残にもぶら下がってしまいました。それと一緒に、物干竿の方も又上の横に懸てある物干竿に糸を巻きつけぶら下ってしまいました。
  「駄目だ! 貴様たちゃ馬鹿だ。」
 暫くそれを眺めていた善太はこんなことを云った末、物干竿のセキセイを手で摑んで糸を引き切ってしまいました。そして此度は別の糸を結びつけ、それを物干竿の端にくくり、物干竿を高く空に向けて立てかけました。空高く昇ったセキセイは竿の上で糸の許す範囲をクルクル輪を作ってたち廻りました。
  「その調子! その調子。」という処で、善太は此処に死んだようにぶら下っている柿の木のセキセイを摑み下ろし、これにも長い糸をくくりつけ、柿の枝の天頂の方を見上げました。これも柿の頂にくくってやろうという処です。二羽のセキセイを柿の青葉の上を円形に飛び廻らしたら、どんなに美しい景色でしょう。もしかしたら、虹などがその背景として現れるかも知れません。遠くの寺の五重の塔から鐘の音など響いて来るかも知れません。
  「そうだ! そうだ。」
 いい智慧が浮びました。此度のセキセイは、一本の物干竿をとり、その端っこに足を糸でグルグル巻きつけました。そして、その竿を枝や葉の間を通して、柿の幹に立てかけました。それから足と手に唾をつけ、柿の木に抱えつきました。玩具の猿が登るように、今善太は木登りをやって居ります。その間にも、物干の方のセキセイ、柿の木の方のセキセイと両方を見上げました。それからまたノシリノシリと、脛坊主もむき出しに登って行きます。さあ、いよいよ天頂です。枝に跨がりました。側にある物干を引き寄せました。端にくくってある糸をときにかかりました。
  「じっとしてるんだよ。」
 兎もすれば暴れようとするセキセイを叱りました。糸の端を柿の枝に結びました。
  「ソ―ラ―。」
 セキセイは高い空、蒼空に魅せられて、またクルクル廻りを始めました。何とステキな景色でしょう。遠くに白帆の内海です。浪さえ白く立って居ります。
  「オヤ―。」
 処が物干の方のセキセイがもう疲れ果てたのか、それとも何処かで身体を打って死んだのか糸にぶら下って、もう翼も動かさなくなって居ります。
  「こりゃ駄目だぞ。しッ! しッ!」
 手を叩いても、足を振っても、こんなに離れていてはききめがありません。二羽の鳥を空を舞わそうと思ったのに―。仕方がない。善太はソロソロと下り始めました。下を見い見い―。が、何といくら下りても、下はまだ無限に遠いんです。足はさぐっても空間です。直ぐ下に足をかける枝があるように思って、ふとつかんだ上の枝の手を離しかけて、ハッと握り直す間もなく、実際ハッと思ったのですが―グッと云って、土の上に善太は投げつけられて居りました。気が遠くなりかけても、彼はじっと耐えました。いま、泣けば―と思ったのですが、彼は泣くのを耐えました。死んでも構わないと考えました。
 それから何分たったか、何時間たったか解りません。善太が気がついた時には、彼はやはり顔も頬も土につけてねていました。眼の前に土が見えました。上には二羽のセキセイがもうスッカリ生命絶えて、長い糸にぶら下って居りました。もう日暮れが近いか、何となく四辺が薄暗く、身体が冷々と致しました。顔を上げようとしても、どうしてか、上らないのです。善太はじっとしていました。
  「井上の馬鹿!」
 と口の内で云いました。

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