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貝の話

[2020年6月18日]

ID:22615

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貝の話

 或日、おとうさんが大きな貝がらを見て、じっと考えこんでいました。時々それを耳にあてたりしていました。貝はサザエのような形で、もっともっと大きいものでした。で、正太がききました。
 「お父さん、どうしたのですか。」
 と、お父さんがいいました。
 「これを見てると、南の島のことが思われる。今でも、遠い島にいるような気がするよ。」
 おとうさんはせんちょうだったのです。戦争の時、船に乗って南方へ行きました。とちゅうで船は沈みました。やっとイカダに乗って、近くの島へ流れつきました。島には土人がヤシの木をうえて暮しておりました。そのヤシの実をもらって、お父さんは命をつなぎ、島のおくの森の中にかくれて助け船の来るのを待っていました。助け船はなかなか来ませんでした。おとうさんは少しのヤシの実と島のきねんにその貝とを持って、船に乗りました。
 ヤシの実は途中で食べてしまいました。それで貝がらだけをオミヤゲに、正太とおかあさんのまってる日本へかえって来ました。貝は南の海の荒い波に洗われ、その強い日光にさらされて、白くカラカラになっていました。しかし耳にあてると、ゴウーウ……というような音が聞えて来ました。で、おとうさんがいうのでした。
 「正太、聞いてごらん。これが、島のおくの森の中で、おとうさんが毎晩毎晩聞いていた波の音なんだよ。この音をききながら、おとうさんは日本のことを考えていた。今頃おかあさんや、正太はどうしているだろう。生きてるだろうか、死んでるだろうか。どうか、二人の生きてるうち、おとうさんも生きて日本へかえりたいものだ。」
 正太は貝に耳をあてました。ホントウにさびしい音が聞えて来ました。
 「ゴウ………。」
 これを聞くと、正太はおとうさんが気のどくでなりませんでした。それで、
 「おとうさん、こんな波の音を聞いていると、ずい分さみしかったでしょう。」
 そういったのです。と、おとうさんが、
 「そうだよ。それだから、おとうさんは、この貝がらをもって来たんだよ。おとうさんばかりではない。南方にいた何万、何十万という日本人が、みんなこの波の音をききながら、一生けんめい国のことを思っていたんだよ。どうか、生きて国へかえりたい。国へかえって、もう一度家の人にあいたい。それができれば、どんなくろうでもしのぶと、そう考えない人はなかった。」
 そういうのでした。で、正太がいいました。
 「おとうさん、そんなさみしい波の音のするものを、おとうさんはどうしてもってかえられたんですか。」
 おとうさんがいいました。
 「それだよ。おとうさんは、この波の音を聞いていた時のことを思えば、どんな苦しいことでもしのべるんだよ。だから、時々それを思い出して、しあわせな今頃だと考えなおして見ることにしている。それからまた、あのさみしい波の音を二度と再び日本人が聞くことのないように。そうだよ。日本人が戦争などということを、二度とすることのないように、誰にも彼にもすすめたいと思って、この貝がらをもってかえったんだ。」

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