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デンデン虫

[2020年6月18日]

ID:22606

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デンデン虫

 お母さんはお使にいって留守でした。美代ちゃんは熱があってねていました。正太は、お母さんの言いつけで、美代ちゃんの枕もとへすわってお話をしてやっていました。すると善太と三平が外から「兄ちゃアん。」と呼び呼び縁がわへかけつけて来ました。
 「兄ちゃん、鮒だ。大鮒だ。こんなにいるんだよ。鯉だ。ううん、鯉の子だ。十ぴき、二十ぴき。ねえ、三平ちゃん、三十ぴきもいたねえ。あすこの、川の藻の中ッ。えッどうする。」
 善太は両手で網をうつ真似なんかしたりして、とてもせきこんでいるのです。どうするッたって、と正太はちょっと考えて見ましたが、こうなっては、とりにいくよりほか、しかたがありません。そこで美代ちゃんに言いました。
 「ね、美代ちゃん、鮒をとって来て上げようね。」
 が、美代ちゃんは、けだるそうに、正太の顔を見上げたまま、返事をしようともしません。
 「え、美代ちゃん、大きな鮒だよ。十ぴきも二十ぴきもだよ。洗面器へ水を入れて、泳がせて遊ぼうよ。面白いよう。」
 それでも、美代ちゃんはやっぱり黙っています。
 「どうオ、美代ちゃん、いらないの。いるでしょう。」
 正太は、こんどは顔を、じっくり美代ちゃんの額ぎわに近よせて、何度も言って見ました。すると、美代ちゃんが、やっとのこと、かすかに、こっくりをしました。
 「ああ、よかった。じゃア、兄ちゃんすぐいってとって来てあげるよ。大きな大きな鮒、二十も三十もだよ、だから、ちょっとお留守番をしててよ、ね。じき帰って来るからね。そうだな。美代ちゃんが一つ二つと、十まで数えたら、そうら、鮒だ、鮒だって、帰って来るよ。いいでしょう。」
 ところが、また美代ちゃんは、それきり、顔を縦にも横にも振らないで、ただ目をぱちぱちさせて、壁の方ばかり見ています。
 善太と三平はもういらいらして、枕もとへ上って来て、よウ、よウと足ぶみをします。で、正太は二人を縁側の方へつれていき、そこで小さな声で言いました。
 「ね、二人で先に門のところへいって待ってろよ。兄ちゃん、後からいくからね。静かにしてるんだぞ。さわいだらいけなくなるからな。」
 これを聞くと、二人は美代ちゃんの方を見かえり見かえり、まるで泥棒のように足音をしのばせて、出ていきました。で、正太は美代ちゃんのところに帰って、首をかしげて考えこみました。美代ちゃんに留守番をさせる法はないかなア―。うん、そうだ。正太はいいことを思いつきました。
 「美代ちゃん、でんでん虫好き。」
 美代ちゃんは、こんどはすぐにこっくりをしました。
 「好きだろう。ねえ、面白いよ、でんでん虫は。頭からニュウッと、こんな角を出してね、机の上でも、畳の上でも、のそりのそり歩き出すからね。脊中に大きなお家を脊負って、えんこらさ、えんこらさッて歩くよ。」
 正太は片手の人さし指を立てて、頭の上に角をこしらえ、片手を後へ廻して、からを脊負うようなかっこうをしながら、膝で畳の上を歩いて見せました。そして、角出せ、槍出せと謡いました。美代ちゃんは、口もとと頬に、かすかな笑いをうかべました。そこで、すかさず正太が言いました。
 「美代ちゃん、でんでん虫とって来ようね。」
 しかし、そう言うと、美代ちゃんは、またうかない顔をして、黙ってしまいました。
 美代ちゃんは、熱で、ずきんずきんと頭が痛いのです。胸も苦しいのでした。お母さんに側にいてほしいのですけれど、中々帰って来てくれません。それなのに、兄ちゃんまでが、外へいこうとするのです。美代ちゃんの目には少し涙が浮んで来ました。涙は頬をつたわってホロリとおちこぼれました。それを見ると、正太はかわいそうになって言いました。
 「兄ちゃんがいないと淋しい?」
 美代ちゃんは、うんと、目で言いました。
 「じゃあ、鮒とりにいくのよそうね。だけど、でんでん虫はお庭にいるからとって来てあげるよ。まっててね。」
 ほんとにでんでん虫は庭の青桐の木にいるのです。さっき正太は見つけておいたのです。そこで立上ると、跣足のまま縁側から飛び降りて、青桐の下へ駆けていきました。そして上から下、横から横へと、目の玉をクリクリさせて見廻しました。と、何のこった、目の前の枝にとまっていました。正太はそれをつかんで、飛んでかえりました。
 「美代ちゃん、でんでん虫、ほらほら。」と、枕もとのお盆の上にのせて、
 「見てらっしゃい。今に角を出して、はい出すから。」
 そう言ってから、正太は、角出せ槍出せと謡いました。美代ちゃんは、もう泣くのをやめて、おふとんの上に腹んばいになって、じっと見ていました。でんでん虫は全く正太の言った通り、すぐに角を立てて、そろりそろりと、はいはじめました。
 「ね、面白いだろう。さわるとすぐ角ひっこめるよ。」
 正太は、そっとからにさわって角をひっこめさせて、また歌を謡って、はわせました。でんでん虫はお盆の縁をのたりのたりと廻りました。美代ちゃんは次第に笑顔をして、おふとんから乗り出すようにして見入りました。
 そのとき、門の方から善太と三平が待ちくたびれて、声をそろえて呼びたてました。
 「兄ちゃアんッ。鮒とりにいこうよッ。」
 それで正太は言いました。
 「美代ちゃん、でんでん虫もいいけども、鮒も面白いんだよ。洗面器の中へ金や銀の鮒を入れとくだろう。そうすると、それがぴょいぴょいはねて泳ぐんだよ。そこへ兄ちゃん、また蟹をとって来て入れたげら。すると蟹がね、大きなはさみをおっ立てて、はさむぞう、はさむぞうって、鮒を追っかけるの。」
 そう言うと、正太は右手ではさみをこしらえて、美代ちゃんの柔いお手てをチョキンチョキンとはさんで見せました。
 「ね、蟹はこうして鮒をはさむんだよ。すると、鮒がね、痛いよう、痛いようって逃げ廻るの、おおんおおんッて、泣く鮒もいるよ。」
 美代ちゃんは、お手てがくすぐったかったのか、つい、ニッコリしてしまいました。
 「ね、美代ちゃん、鮒すきだろう。」
 これで美代ちゃんは、また、こっくりをしてしまいました。
 「じゃア、兄ちゃん、鮒とって来てあげよう。蟹もね。だから、一つ二つッて数えていらっしゃい。十になったら十ッて言うんですよ。そしたら、鮒と蟹もって、飛んで帰ってくるから。」
 美代ちゃんは、かすかに笑いました。そこで正太は、
 「じゃ、行って来るよ。」と、早口に言ったと思うと、もう玄関の外へ駆け出していました。正太が出て来たのを見ると、善太と三平は、いそいで田圃の方へかけつけました。三人が家から百メートルも離れたときのことです。一とうあとにいた善太が心配そうに二人をよびとめて言いました。
 「ね、美代ちゃん、泣いてやしないかなア。」
 これで、三平が立止って、家の方へ耳を傾げて、
 「あ、泣いてる。」と言いました。
 「嘘だい。」と、正太と善太が言いました。泣いていたってここまで聞える筈がありません。でも、正太は少し心配になって、一人で家の方へ駆けていき、門の中へ頭を突っこんで、何度も耳を傾げました。それからまた二人のところへ駆けもどって来ました。
 「泣いてた?」と三平が聞きました。
 「ううん。」
 正太は、かぶりをふりました。それから三人は、またドンドン走りました。川の縁へ来て、少し上手へ歩くと、川をのぞきのぞきしていた善太が突然立ち止って、
 「あッ、あすこだ。鮒、鮒、鮒。」 三人は頭を、こちんこちんするように列べて、水の中を覗きました。全く、鮒がいます。大きいのや小さいのが、十も二十も藻の陰に休んだり泳いだりしています。
 「どうしよう。」と、三平がまた言いました。それで気がついたのですが、三人とも釣竿も網も持ってはいません。どうしたって言うのでしょう。あんまり急いで、なにももたないで来たのです。三人は顔を見合せました。
 「善太、とって来い。」
 「僕?」と言ったものの、こんどは善太が使をする番でした。しかたなく、善太は網をとりに、家の方へ駆け出しました。それで正太と三平は鮒を眺めながら、数を数えたり、大鮒が隠れているところを見つけたりして待っていました。
 ところが、善太はいつまでたってもかえって来ません。二人は待ちくたびれて、こんどは、家の方へ向いて、草の上に尻をすえて、しゃがんでいました。それでも、中々もどって来ません。何十分と待ったような気がしました。やっと善太が網をかついで、バケツをさげてやって来ました。そこで正太が、
 「どうしたんだ。」と聞いて見ますと、善太が門まで帰ると美代ちゃんが火がつくように泣いていたというのです。びっくりして、部屋へ駆けあがって見ると、美代ちゃんは蒲団を離れて、畳の上に立って、からだをふるわせて泣いているのでした。それで聞いて見ると、
 「でんでん虫が、でんでん虫が……。」と言います。見ると、でんでん虫が美代ちゃんの氷枕の上にとまって、角を立てていました。詳しく聞いて見ますと、はじめ美代ちゃんはおとなしく、でんでん虫のはい廻るのを見ていたのでした。すると、でんでん虫は盆の上から次第に美代ちゃんの枕の方へ、はって来て、追っても追っても、角を立てて枕の方へ、あがって来るのだそうです。
 それで美代ちゃんは少しずつ頭をよけたり、蒲団の中へもぐったりして逃げていたのですが、でんでん虫は、しまいには蒲団の中まで入って来そうになりました。美代ちゃんはそれが怖くて、泣き出したのでした。善太は、でんでん虫を、縁がわへもち出して、そこへおいて来たと言いました。
 「なあんだい。」と、正太も三平も言いましたが、考えると美代ちゃんが、かわいそうになりました。何だか家の方で美代ちゃんの泣声がしているように思われました。
 「よ、よ、かえろうよ。美代ちゃん泣いてるよ。」
 三平も心配そうに言いました。そこで三人は、鮒の方はそっちのけにして、川ッぷちに立って、家の方に首を延して、何度も耳を傾げました。泣声がするようにも思われれば、しないような気もします。
 「鮒とる?」
 しばらくして三平が聞きました。
 「帰ろうよ。」と正太が言いました。
 「帰ろうよ。」と善太も言いました。三人はその方をのぞきこみました。三平がそこいらの石ころを拾うと、正太も善太も大きなのを拾いました。そして三人で、一二三ッ、ドブンと、鮒を目がけて投げ込んで、うわアと言って駆けて帰りました。
 美代ちゃんは、涙をふきふき、ふとんの上にすわっていました。三人は、鮒の話を面白く美代ちゃんに話して聞かせました。でんでん虫は、縁がわで、はっていました。美代ちゃんがもういらないと言うので、善太は庭の木めがけて、力一ぱい投げすてました。
 「よせよ。」と三平が言いました。べッと言って、善太はふざけて舌を出しました。べッべッ、べえエ。

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