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二ひきのカエル

[2020年6月18日]

ID:22598

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二ひきのカエル

 一

 春の日のことであります。
 庭の桜の花が、一つ二つ、吹くともなく吹く風にひらひら舞って落ちていました。善太は、そのとき近くのビワの木にもたれて、それをながめておりました。そして考えておりました。
「何かおもしろいことはないかしらん。スズメになって空をパッパッと飛んで歩いたらどうだろう。」
 そうです。それはなかなかおもしろそうです。しかしスズメは水の中に入れることができません。
「じゃ、そうだ。魚になって、池の中を泳ぎまわったらどうだろう。穴からウナギがのぞいていたり、石のかげでカニがすもうをとっていたりするだろうな。」
 そうです。きっと、そうです。これはずいぶんおもしろいです。が、もしそのカニが、はさむぞうといって、つめをふりあげて追っかけて来たらどうしましょう。逃げても、逃げても、水の中です。陸地の上へ逃げるわけにはいきません。
 そのときでした。善太はうしろのほうで、コロコロというカエルの声を聞きました。
「オヤッ。」
 ふりかえって見ると、ビワの木のまたになったところに、一ぴきの雨ガエルがとまっていて、のどの下をヒクヒクさせながら、コロコロコロコロコロと鳴いているのでした。これを見ているうちに、善太はいいことを思いつきました。
「ひとつ、雨ガエルになってやろう。木にも上れれば、土の上を飛ぶこともできるし、水の中だって、クロールで泳いでいけるじゃないか。」
 そう思うと、つい口に出していってしまいました。
「うまいぞッ。」
 うまいは、うまいですが、では、どうしてカエルになりましょう。魔法を使うというわけにもいきません。しかたがありません。まあ、雨ガエルになったということにして、おもしろいことを考えてみることにしましょう。
 では、善太はもう雨ガエルです。ビワの木のまたの間にとまって、コロコロ鳴いている雨ガエルです。だが、何でそんなに、鳴いているのでしょう。ひとりでさびしいのです。友だちがほしいのです。ビワの木はあまり大きすぎるし、その上の空はあまりに広すぎるし、下の土の上には何がいるかわかりません。それに、自分はあまり小さいのです。鳴かないでおれましょうか。と、あれ、三平がやって来ました。三平もカエルです。幹をそろそろとはって登って来ました。
「兄ちゃん。」
 三平が元気に呼ぶのでした。
「なんだい。」
「なんだいって、なにしてんだい。」
「なにしてんて、ここにいるんじゃないか。」
「上へのぼろうよ。てっぺんまでいって見ようよ。遠くが見えるよ。」
「いやだい。」
「なぜ。」
 なぜって、三平は何も知らないのです。きっとまだ人間のつもりでいるんです。
「君、カエルだってこと知らないのかい。」
「知ってるさ。これ見ろ、青いだろう。雨ガエルさ。」
 そう言って、三平は自分のからだを見まわすようなふうをしました。しかし、カエルには首というものがないのですから、首をまげるわけにはいきません。ただ、口を下にさげるようなかっこうをしたきりであります。すると、またいうのです。
「ハハハ、見えないや。」
 見えないはずです。目はちょうど人間の頭のうしろのようなところについているのです。
「べんりが悪いね。」
 そういうと、三平はもうはい出して、上にズンズンのぼっていきました。
「三平ちゃん、気をつけろよ。」
「ウン。」
 善太はじっと口のほうを下にふせるようにして、のぼっていく三平を一生けんめいながめつづけておりました。もしかのことがあったら、かわいそうです。でも、元気な三平です。もう一メートルもある上の枝にのぼりつきました。
 そこで、ちょっと休みましたが、またはいはいのぼっていきました。カエルの木のぼりって何てかっこうの悪いものなんでしょう。後足を広げてはうところは見ちゃおれません。でも、もう二メートルも上の枝のところまでのぼりつきました。

 二

「ワァー、ずいぶん高いぞう。兄ちゃん、やって来ないか。」
 その枝の上に四つ足を休めると、下をのぞいて、三平が大きな声を出しました。
「いやだい。」
「でも、ここんとこ、もう屋根ぐらい高いんだよ。おとなりの二階が見えらあ。二階の中で、美代子ちゃんが昼寝をしてらあ。ワァーイ。」
 あれ、三平は高い枝の上で、うしろ足で立って前足を万歳をするように上げて、その上、大きな口を開けているのです。
「あぶない、あぶない。あぶないじゃないかッ。」
 善太は大きな声でしかりました。すると、三平はまた四つ足でしゃがみこみ、下をのぞいて不平そうにいいました。
「なんでだい。なんであぶない。」
「だって、落ちるじゃあないか。」
「なんだい、おれ、カエルだぞう。」
 しようのない三平です。
「カエルだって落ちたらあぶないよ。」
「へん、落ちるかい。」
 そういうと、三平はその枝から―何てだいたんなことでしょう。―上の枝へ向けて、ピョンと一飛びにはね上りました。あぶないッという間もありません。と、もう大声にはしゃぎはじめました。
「ひゃあ、こんどは遠くが見えらあい。あんなとこにスズメがいやがらあ。ウン、スズメでないのか。ハトかな。ニワトリかな。ちがうちがう。兄ちゃん、来てごらん。とっても、大きな鳥がいるんだよ。屋根の上に、二羽も三羽も、チュッチュッいって遊んでいるんだよ。あッ、こりゃ、いけない。兄ちゃん、ものが、とても大きく見えるんだよ。どうしたんだろう、ニワトリかと思ったの、やっぱりスズメなんだよ。おもしろいよう。早く来てごらん。」
 どうも三平はいけません。自分がカエルだってことを忘れているんですから。きっといまにたいへんなことが起こるでしょう。善太はそう思うと、とっても腹が立ってきました。
「三平ちゃん、下りて来なさい。スズメだったら三平ちゃんを食べに来たんだよ、あぶないってことわからないのかいっ。」
 そういっている間もありませんでした。バタバタいう羽根の音が聞えたと思うと、三平ガエルの小さな身体が枝の間をクルクル舞いながら、うしろ足をぶざまにのばして落ちて来るのが見えました。それはほんの目ばたきをする間のことで、すぐ土の上にバタッという音がしました。と、すぐまたキューッという声がしました。
 下を見ると、そこに、土の上に三平は足をのばして、長ながとのびていました。ほんとになんていうことをするのでしょう。
 善太は木のまたのところからはい出して地面めがけて、一飛びに飛び下りました。そして三平のそばに行くと、前足で三平の背中をなでてやりました。舌を出して、頭のへんをなめてやりました。それから大きな声で呼びました。
「三平ちゃん―三平ちゃん―。」


 三

 三平はやっと気がついたか、起きて四つ足ですわりました。それから目を白黒させて、それから前足の一本で、頭の上から目の上をなでまわし、それをまた舌でペロペロなめはじめました。
「どうしたの。え、どうしたの。けがはなかった。いたかった。」
 善太はしきりに聞きましたが、三平はこれには返事もしないで、前足をなめては、それでしきりに目の上をこすりました。きっと、目の玉が飛び出したのです。
「え、目玉が飛び出した。え、そうだったら、兄ちゃんが目玉を入れたげようか。」
 でも、三平は何度か目の上をこすると、また二、三度目を白黒させて、それからふつうに目をあけました。
「え、三平ちゃん、歩けるかい。もう、木なんかに登りなさんな。さ、兄ちゃん、おんぶしてあげる。やっぱり、木のまたのところにとまっているような。上の方はあぶないからね。」
 善太は背中を三平の方に向けました。と、三平がその上に乗っかりました。
「しっかりつかまってるんだよ。兄ちゃん飛ぶからね。」
 善太はピョンピョン飛びました。木の根もとまで飛んでいきました。そこからは、木の幹をそろそろ三平をおぶったまま、四つばいになって、のぼっていきました。
 またのところへ来ると、三平を下におろし、そこにふたりでならんでとまりました。しばらくだまって、ふたりはそこで休みました。三平がそうして元気がついてくると、ふたりはそれから話を始めました。善太がまず聞くのでした。
「え、三平ちゃん、さっきどうしたの。足をすべらしたの。」
「ウウン、スズメがさ、大きな声でいったのさ。あそこにカエルがいるぞって。あいつ、早くいって食べてやろうって。それでぼく、はじめて自分がカエルだってことわかったんだよ。そうしたら、とてもこわくなって、思わずピョンとはねたんだよ。だって、そのこわさったら―ぼく、スズメがあんなにこわいものって知らなかったよ。」
「ふーん。」
「だけど兄ちゃん、スズメここまで来やしないだろうか。来たらぼくたち突っつき殺されてしまうよ。とっても大きな鳥だから。」
「なあに、だいじょうぶだよ。」
「でも、心配だなあ。」
 そういってるときでした。ビワの葉が一枚カサカサと音をたてて、上の枝をはなれて、下に舞い舞い落ちて来ました。そしてなんといいぐあいに、その木のまたの上に、ちょうど屋根のように乗っかりました。
 二ひきのカエルはそれをビックリした目で見上げましたが、ビワの葉だとわかると、とてもうれしそうに、その下のほうににじりよって二ひきでくっつきあって、からだを小さくするようにならびました。
「どうだい。」
 善太はいって、そばの三平を見返りました。
「ちょうどいいやねえ。スズメだって、きっと見つけやしないよ。」

 四

 ふたりは安心して、しばらくじっとしていましたが、そのうちに、善太が歌をうたい出しました。歌といったってカエルのことです。コロコロコロと鳴声をたてるばかりです。すると、三平もまたコロコロやり出しました。
「だけど兄ちゃん、ふたりで鳴いてたら、雨が降りゃしない。」
「降ってもいいじゃないか。ビワの葉の下にいるんだもの。ぬれっこないよ。」
「だけど兄ちゃん、雨が降ったらお家へ帰れないだろう。ぼく、お家へいきたくなった。かあさん、きっとぼくたちが雨にぬれるって心配しているんだよ。」
「なにいってんだよ。ぼくたちカエルじゃないか。おとうさんもおかあさんもないんだよ。」
「ないの、ほんとうにないの。」
「そうさあ。あるもんかい。」
「いやだなあ。僕、お母さんのとこへ帰りたい。」
 そういうと、三平はもうビワの葉の下からはい出しそうにしていました。
「だめだよ、三平ちゃん。出たら、スズメに食い殺されるよ。」
「いやだあ。いやだあ。」
 三平はしくしく泣きはじめました。善太は困りました。なんでカエルなんかになったのでしょう。そこで善太は目をつぶって心の中でいいました。
「人間になれ。人間になれ。カエルはモウモウやあめたッ。」
 からだをひとゆすりして、パッと目をあけると、ああああ、やっぱりもとのままの善太、人間の善太で、ビワの木の下に立っていました。
 やれやれ、やっと安心しました。しかし、どうでしょう。木のまたのところをのぞくと、そこにはやっぱりビワの葉の下に、一ぴきの青ガエルがじっと、とまっているのでした。では、これはやはり三平なのでありましょうか。三平だったら、なんてかわいそうなことでしょう。
「三平ちゃんかい。」
 そっといって見ました。が、カエルは返事もしません。
「返事しないと、ぼくもう知らないよ。ほっといて、家に帰ってしまうよ。」
 でもやっぱりカエルはじっとしていました。では、やっぱり、これは三平ではなく、きっとほんとのカエルなんです。カエルなら、一つおどろかせてやりましょう。
「こら、カエルの弱虫、スズメを呼んで来るぞッ。」
 カエルはどうもつんぼらしいです。それとも、聞こえぬふりをしているのでしょうか。
「ようし、だまってるんなら、棒でつッ突いてやる。」
 善太はそばの木の枝を折って、その先でカエルの背中にそっと軽くさわりました。と、カエルはすこしからだをモゾモゾさせたと思うと、いきおいよくピョーンと、またから飛び出しました。
「ほうら飛んだ。早く家へ帰りなさい。」
 そう言って、善太も家の方へかけ出しました。
「スズメにとられるんじゃないよ。」

 玄関を入ると、善太はこんどはほんとの三平を呼びました。
「三平ちゃん、いる。いない。」
「いるよ。」
 これを聞くと、善太ははじめて、安心しました。
「ああ、よかった。もう、カエル遊びやめにしよう。」

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