第15回坪田譲治文学賞受賞作
『ウメ子』(小学館刊)
阿川佐和子著
1953年、東京生まれ。慶応義塾大学文学部西洋史学科卒業。
キャスターやエッ セイストとして活躍。平成11年には初の映画出演で母親役を経験。
著書に『蛙の子 は蛙の子』『阿川佐和子のこの人に会いたい』『旅の素』など。
檀ふみとの共著『ああ言えばこう食う』で第15回講談社エッセイ賞受賞。『ウメ子』は初の創作物語。
みよの通う幼稚園に、ウメ子という変わった女の子が転園してきた。ロビンフッド のような奇抜な服装に、男の子や意地悪な女の子にもまったくものおじしない性格。 みよは、ウメ子がとても気になる存在になる。 みよはある日ウメ子から、ウメ子の父親が行方不明だと聞かされる。ウメ子とみよ は、近所にいつも来るウメ子の両親の古い友達という紙芝居屋の源さんから、父親の居所の情報を聞き出し、父親を探しに行くために家出をする計画を企て、父親との再会を果 たす。 その後ウメ子は母親と、入院した父親に会いに行きそのままサーカス小屋に残ることになる。ウメ子のいない毎日はつまらなかった。隣町にサーカス一座がやってきた とき、みよはたまらず会いに行く。ところが相変わらず喧嘩ばかりする両親に怒った ウメ子は、安全ネットの準備ができていない綱渡りのロープをわたり始め、助けようとする一座の目前で落下して大けがをする。この事件をきっかけに両親は仲直りをするが、そのままウメ子は幼稚園に戻ってくることはなかった。中学生になって再会し た二人。みよはいつまでも変わらない強い友情と、いつの間にか強くなった自分の姿 を確認する。涙あり、笑いあり。子供同士のまっすぐな友情、親子の愛情を小さな心 の動きまで丁寧にそしてさわやかに描き、大人になっても少年、少女の心を持ち続けて生きていくことの楽しさを再確認させてくれる物語。著者はじめての創作。
この物語は、きわめて荒けずりな素朴な作品です。後半の構成の甘さなど、欠点も 目立ちます。しかし、この初々しい作品には、そのような弱さをおぎなって余りある魅力があります。戦後ながく忘れ去られてきた人間の素直な感情が行間に漂っていて、作中人物たちに思わず好意をおぼえてしまうのです。ばらばらに生きている現代 人にふと立ち止まって考え込ませる何かがあるのです。歩きだしたばかりの作者です が、その方向は間違ってはいません。人間はこうでなくてはいけない、という、押しつけのモラルではなく、こんなふうでありたい、という願いのような気持ちが物語り を支えているところに、とても共感するところがありました。妙に大人びた子供たちや、世間を斜めにみたり、現実から遊離してしまったりする登場人物たちが描かれることに、いささかあきあきしていたせいでしょうか、不思議に新鮮なものを感じて受賞作に推しました。
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