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「文学の中の岡山」vol.15『アップルソング』小手鞠るい

[2026年5月29日]

ID:82887

「文学の中の岡山」では、公益社団法人全国学校図書館協議会:Japan School Library Association(略称:全国SLA)学校図書館スーパーバイザーであり、岡山市文学賞運営委員会 文学によるまちづくり部会委員の高見 京子さんに、岡山ゆかりの作家、作品などについてご紹介いただきます。

『アップルソング』小手鞠るい(ポプラ社)

6月29日。第2次世界大戦末期、1700人以上の命を奪った岡山空襲から80年を迎える。
『アップルソング』の主人公である鳥飼茉莉江は、赤ちゃんのとき、空襲で焦土と化した岡山市の瓦礫の中から助け出された女性だ。作者は、岡山出身の小説家小手鞠るい=米国在住=。
この小説は、茉莉江の一生を「私」が彼女と関わった人へのインタビューからたどっていく形で、舞台は、岡山から世界へと広がっていく。

最初のインタビューの相手は鳥飼希久男。「岡山市の上空に、百四十三機のB29が現れたのは、六月二十九日の未明、~午前二時のことだった。なぜか、空襲警報が発令されなかったため、のちに『岡山無警報空襲』」と呼ばれることとなる無差別絨毯爆撃。~罹災者数、十万四千六百人。死者、千七百二十五人。この死者の中に、希久男の祖父母。両親、そして、ひとりの弟と六人の妹たちも含まれていたのだった。」瓦礫の中、家族を探す希久男の背後からかすかな泣き声がした。「助けちゃる。今、助けちゃるからな。~死ぬなよ。生きとれよ、大丈夫じゃ、助けちゃる」

「家と家族を失った希久男と茉莉江が引き取られた親戚の家は、和気郡片上町のはずれにあった。」岡工の生徒だった希久男は片上駅から岡山駅へと通う。敗戦後の岡山市内の荒れ果てた街の描写も目に浮かぶようだ。

小手鞠は、この後、世界に広がり、何十年にもわたる小説、茉莉江の一生の物語を岡山から始めたのだ。

ここには、小手鞠氏の父親の経験が投影されている。昨年、小手鞠は父親との共著『つい昨日のできごと』を出版し、『アップルソング』のことも記している。

茉莉江は数奇で壮絶な運命をたどりながら、大人になってカメラと出合う。本当は「この世界にある美しいもの、愛されるべきものを撮る」と願っていたのに、彼女が進んだ道は報道写真家だった。東京・新宿駅西口の反戦フォーク集会(1969年)、連合赤軍のあさま山荘事件(1972年)、日航機墜落事故(1985年)、米中枢同時テロ(2001年)……と、国内外で起きた争いやテロ、事件、事故の現場を駆け巡る。

恋愛の場面などは抒情的で、やはり小手鞠作品!この先どうなるのかも気になって一気に読み進められる。

作品を通して、焦点を当てられているのは人間の「悪」だ。茉莉江の恋人だったカメラマンが、ベトナム戦争の現場で死を目の当たりにし、腹の底からうなり声を上げる「人と人との殺し合い。殺しというゲーム。愚かな人間の共食い。憎しみ以外の感情はない」

今も世界のあちこちで、戦争や紛争が起きている。あの大戦から80年以上たっても人は何も変わっていない、いやむしろもっと悪くなっているのではないかと、やりきれなさ、むなしさがこみ上げてくる。カメラを通して醜く、残酷な世界を見続けてきた茉莉江は「人間の本質は悪」と考えるようになる。そして、私たちの暮らしそのものが、世界のどこかで起きている争いや環境破壊とつながっている。決してひとごとではないと。

でも、茉莉江は言う。「悪を包み込む善があれば、悪を塗り替えるほどの美があれば、人は平和に幸せに生きていける。われわれの本質である悪を徹底的に覆い尽くしたい」その言葉の意味をしっかりとかみしめたい。

「私」は一体誰だったのか最後に明かされるとき、茉莉江の凜とした生き方とともに、深い感動と希望がわきあがってくる。

(参照)「文学の中の岡山」vol.2『つい昨日のできごと』

小手鞠るいさんの紹介

小手鞠るいさんは、1956 年、岡山県備前市生まれ、父親の仕事の関係で伊部小学校から岡山市の中山小学校に転校、中山中学校、朝日高校を経て同志社大学法学部を卒業。1981年第7 回サンリオ「詩とメルヘン賞」を受賞する。1993 年に『おとぎ話』で第12 回『海燕』(福武書店主催)新人文学賞を受賞。『欲しいのは、あなただけ』などの抒情的な作品から社会的な小説、近年は児童へ向けた小説を次々と発表している。

1996 年からニューヨーク州ウッドストック在住。小手鞠さんの小説には岡山があちこちに顔を出す。

「文学の中の岡山」執筆にあたり/全国SLA学校図書館スーパーバイザー 高見 京子

2023年10月に、岡山市は「ユネスコ創造都市ネットワーク文学分野」に加盟した。

岡山(市だけでなく県全体で)は、「文学創造都市おかやま」の名に恥じない、数々の実績があるが、私は特に岡山出身(ゆかり)の作家たちが多いことを挙げておきたい。その作家たちを中心に、それぞれの作品の中に岡山の描写が多いこともうれしいことである。

これから、このコーナーでは、読み応えのあるそれらの作品と、岡山がどのように文中で書かれているかを紹介していきたい。作品が一都市だけに向けて書かれていることはもちろんなく、普遍的なものであるのだが、その作品を味わうと同時に、身近な場所が文中にあることで、より岡山に親しみを感じたり、その場所を歩いてみたりしようと思っていただければ幸いである。

「文学」も広くとらえ、ノンフィクションも、映画など他のメディアなども含み、比較的新しい作品を取りあげていきたいと思っている。愛読してくださるとうれしい。

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