近年、全国で大規模な山火事が相次いで発生しています。かく言う岡山市でも令和7年3月に南区で大規模な山火事が発生しました。また能登半島地震が起こった輪島地区や新潟県糸魚川市で発生した大規模火災もまだ記憶に残っている方も多いのではないでしょうか。
岡山市街地で発掘調査を行うと大規模火災の痕跡にであうことがしばしばあります。岡山文化創造劇場ハレノワの建設に伴う発掘調査もその一つです。1945年の岡山空襲、江戸時代に発生した大村火事、ふたつの大規模火災を確認することができました(写真1)。

写真1 火災痕跡を示す壁面
写真1は調査現場の壁の写真です。上部にある赤くなっている層が岡山空襲に伴う焼土層です。焼土層は空襲による被熱などで赤くなっており、おおむね調査区全体に広がっています。焼土層内には瓦や土器類、被熱して融解したガラスなどが目立ちます。また、現場では燃え残った焼夷弾もみつかり、ナパーム油のにおいが1週間ほど現場から消えませんでした(写真2)。ハレノワの現場以外にも市街地で工事の立会や確認調査をすると、空襲層に出会うことがあります。建設業で働く方は見たことがあるかもしれません。
写真2 焼夷弾が出土し、警察が立ち会った
岡山空襲後の整地層の下は空襲以前の地層が広がります。その中でもひときわ目立つ赤い層があります。これがもう一つの火災痕跡、大村火事に伴う焼土層です。大村火事は宝永5年(1709)にハレノワから西の地点から出火し、旭川の対岸まで燃え広がった大火災で、出火元の屋敷の持ち主の名前から名付けられました。この火事により400件以上の屋敷が全焼したとされます。ハレノワの現場では火事による焼土層のほか、その片づけに伴うごみ穴が現場内のあちこちで見つかりました。図1を見ると融解して土や別破片と溶着してりしています。大村火事を考古学的に遺構、遺物として確認できたのはハレノワの現場が初めてです。記述に違わぬ火災があったことが証明されました。

図1 火を受けた陶磁器
この現場は就職して初めての現場でした。大学の発掘では山の中の遺跡ばかりを調査していたので、現場(事業)の規模や冷房、お手洗い、各種家電製品が完備されていたことには大変驚きました。地面より下を調査して初めてわかる事実、これからも丁寧に掘り下げていきたいです。
所在地: 〒703-8284 岡山市中区網浜834-1 [所在地の地図]
電話: 086-270-5066 ファクス: 086-270-5067