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一般の部 現代詩

[2023年7月20日]

ID:51820

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第54回(令和4年度)

岡山市長賞

四・七メートルだけ空が近いから    高山 秋津

ほとんど利用することのない

歩道橋を上がってみようと思ったのは

空の 淡い色の変化に惹かれたからだ

きょうを耕し終えた人達の車が

次々と流れて行く

橋の下を

わたしの下を

この高さがいい

このやわらかな風がいい

まるで旅行者にでもなったような

真っさらな気持ち

立ちつくしていると

空が覗きこんでくる

 

刻々と 時から時へ――

きょうからあすへ

光から影へ

一本の橋は 厳然と

一つの区切りのように架かっているのか

それならば 生から死

これもまた通らなければならない真実なのだ

見下ろす景色から ひとつの問いが生まれ

無数の思いへと 広がっていく

今 中空に浮いている心許なさが

何故かベッドへ臥せたきりの母へと

繋がっていった

彼女の二つ折りにした微笑を想う

「世界一 幸せよ」という

静かな日差しのような言葉を想う

わたしを救う言葉だと分かるから

少し哀しい

 

四・七メートルだけ空が近いから

夕焼けが側まで降りてきて

わたしの胸は小鳥を抱いているような

やさしい温度になった

次第に薄青く

ただひと色に還っていく街

靴音高く

わたしは 歩道橋を降りていく

岡山市教育委員会教育長賞

紙ひこうき    岩藤 由美子

紙ひこうきを

折ることもなく

飛ばすこともなく

大人になってしまった

 

憧れだった

 

今、折りたい

今、飛ばしたい

 

湧き上がる欲求は

体裁を気にする冷静な私を

はねのける

立体的な姿を描きながら

朝刊の散らしを

選ぶ

 

自分を不器用だと

思いこんだころから

挑むことが少なくなった

「まず散らしを

縦長にして半分に折ろう」

簡単なことを

難しく考える私の指は

ときどき止まるが

教えてくれる人は

ただの一度も

ため息をつかない

 

散らしが

凜とした角度を持ちはじめ

遂に勇姿を現した

 

こどもの頃の私を呼び寄せる

できたての

紙ひこうきの翼の腹を

小さな指と大きな指が

慎重につまむ

紙ひこうきの頭が

今、大空を向く

生涯の友    山本 照子

アンと初めて逢ったのは

一三歳の秋のことだった

大きな楠の下にある貸本屋で

なにげなく手にした文庫本が赤毛のアン

その夜アンは私に

囁いた ウインクした 抱き合いさえもした

眠ると言うことを忘れ去った夜だった

 

その頃の私は淋しいときもつらいときも

目を閉じさえすれば

シンデレラにも白雪姫にもなれた

星空を歩くことができたし

地底を探検することもできた

その世界に居るときは

私の周りに高い高い塀をめぐらした

だがアンは易々と塀を乗り越えて来た

ふたりの体温はとけあって

お互いの現となり お互いの影となった

 

いつのまにか私は老い人となったが

アンは私の願い通りに少女のままだ

十月の夜空には

赤子たちの夢がはじけたかのように

星がきらめいている

空に顔を突っ込んで

星たちの思いの丈を聴いている私の傍らでは

アンが夜空を掻き抱いている

私の五感が何物かに奪われているときは

必ずアンがやってくる

ひとりのときよりもアンといるときの方が

想いの濃度が深くなる

 

近い将来私は彼岸へ渡るだろう

その時

たとえひとりぼっちになっていても

アンは必ず私のそばにいてくれる

そして ふるさとの日だまりのような声で

彼岸の素晴らしさを

彼岸へ渡ることの幸せを

私に伝えてくれるに違いない

泰山木の木の下で    岡 由美子

池のほとりのベンチに座り

傍らに泰山木を 見上げる

二十メートルを 優に超える大木は

天を突き抜け どっしりとそびえ立つ

艶やかな深緑の葉っぱの茂みを

点々と彩る純白の花

人の顔ぐらいもある大きな花は

すべて 空に向かって咲いている

 

私は 花を下から見上げるだけ

だけど

花の表情は はっきりとわかる

大空を仰いで 芳香を漂わせながら

満面の笑みを 湛えている

 

昨年のちょうど今頃

ICUで病魔と闘っていた私

朦朧とする意識の中で

突然 目の前に現れた大きな白い花

同時に浮かんだ 星野富弘の泰山木の詩画

白い花が 私に手招きしたのだ

 

何としても

もう一度 あの花に会わなくては・・・

星野富弘の詩画を 見なければ・・・

死の淵で そんな想いに駆けられた

 

奇跡の生還を果たし

私はまた 泰山木の花を見上げている

六月の風に乗って

ほんのりと やさしい香りが降りてくる

再会できた幸運に 胸が震える

 

ゆっくりと流れていく

かけがえのない この時間

愛おしみ

惜しみながら

生かされた歓びを かみしめる

 

泰山木の木の下で

5月10日    田房 正子

5月10日は私の母「もとこさん」の誕生日

母の日と近いので うやむやにしたり

当日になって思い出し 大慌てしたり

こんな 勝手で いい加減な娘はいない

誕生日のことに限らず

私の雑でテキトーな振舞いを見かけると必ず

「何をするにも ゆとりをもって」

「投げやりな態度は いちばん良くない」

よかれと思ってかけてくれるそんな言葉が

私には皮肉にしか聞こえなくて

「十分にわかってはいるけど

毎日忙しいんだよ」

そんな 子供みたいな言い訳をちぎっては

何回投げつけてきたことか

でも そんな毎日を積み重ねるうちに

知らぬ間に 母の声が 言葉が 想いが

ひとつひとつと 私の中にたまっていく

ひとり娘の私が 夫をわが家に迎え

いつの間にか ふたりの娘たちも成人し

私がすっかり歳を重ねた今でも

まだまだ未熟で至らぬ私のことが

心配で もどかしくて仕方ないらしい

「母ごころ」とは 広く 深く そして

切なくて 果てしないものだと知る

そんな母を近くで見てきた私も

娘たちを想う気持ちは 果てしなく

お小言も憎まれ口も 言わずにはいられない

さあ 誕生日 誕生日

夫と娘たちのにぎやかな輪の中に

母の晴れやかな顔が見えたような気がする

けれども 母の姿はここにはない

今日は母が亡くなって初めての誕生日だ

亡くなった日は思い出したくなくても

5月10日は うんと母を想って過ごしたい

「あら今年は覚えとってくれたの?」

はずんだ母の声が聞こえてきた気がした

忘れるわけがない 私も少しは成長したのだ

緑薫る5月10日は「もとこさん」の誕生日

この際だからもう 寂しさも感謝も祈りも

全部を込めて「お誕生日おめでとう」

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