石の嫁ぎ先

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丸亀城の石垣「新たな復元に使われる」

  与島の灯台を眺めていたらもう瀬戸大橋を渡って坂出を過ぎ、2時間あまりで丸亀城に着きました。連絡をしておりましたので丸亀市教育委員会の東信夫氏が、お城の門前で待っていてくれました。彼は平成元年からはじまった発掘調査をはじめ、石垣の修復工事にずっと携わってきた人です。
  丸亀城は天正15年(1587)生駒氏によって築城されましたが、一国一城令で廃城となりました。その後、山崎氏が寛永18年(1641)再築をしています。今の石垣はこの時代の物が多く残っています。山崎氏が絶家し京極氏が播州竜野から入り、丸亀城主となって天守閣を完成し明治まで続いています。
  平成4年度から始まった修復工事には犬島の石がすべて使用されています。その数は大小合わせて445個、約173立方メートルもあります。東氏に案内され門に入ろうとして驚きました。見事な切り込みハギの石垣で、2ヶ所「これはどうだ!」と自慢するようにおおきな石がでんと積まれています。そして、門を支えている石垣は犬島石にそっくり。「よく似ていますね。犬島石ですか」と問うと、「このあたりは京極のころ(1658年から)に積んだ石垣で本島(香川県)の物でないかと思っています。犬島の石で復元したところをご案内します。」と、どんどん登って行きました。
  新しく復元した場所は、美しい曲線が扇のような形のこう配に高く高く積んでいます。21メートルはあると聞きました。下をのぞくと足が震えました。施工主の中村石材工業の中村忠氏は、「お城の石垣はたくさん積んだがあの石垣は一番高いですわ。私も積むのに怖かった。」と、会社1番の名職人がいっておられました。
  天守閣の下の石垣は犬島の石に似た石や、他から運ばれて来た石がまじっています。それを崩して新しく積み直しています。「あ、犬島石」「本島石」と 石垣のひとつひとつの産地を東さんとあてっこをして、遊びたくなるほどいろいろな場所の石を使用しています。
  使用されている石がどこの物かという記録が見つかってないのですが、総合的に見て犬島の石が、一番良いということで選ばれ修復が進んでいます。
青空に現存の美しい木造天守閣を仰ぎながら、犬島の石が主役となって丸亀城を支えていると思うと晴れ晴れとした気持ちになり、日本一の石のお城にお別れをしました。

丸亀城の石垣

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