岡山市民の文芸
随筆 -第53回(令和3年度)-


幸せのかたまり 栗原 由美


 コロナ禍で随分と会っていない友人にやっと会えた。それまでは年に一度は、福山から電車に乗ってやって来ていた。「チケットが当たったのよ」と私の分もちゃんと用意してくれて、歌舞伎も観たし、コンサートも美術館へも度々足を運んだ。
 そして今回は手芸の大好きな彼女が見たかった、キルト作家蜷川宏子と蜷川実花の二人展のチケットを持ってやって来た。
 「やっとこれた」改札を抜けて近づいて来る彼女の変わらない笑顔に安心した。
 会場に入ると一度に華やかな世界に包まれた。実花さんの大型写真パネルは華やかという形容がぴったりである。淡い色彩を好む私でも、鮮やかな色合いに心踊らされ、元気をもらった。お母さんの宏子さんのキルトもパネル同様大作で、特に懐かしいと感じられる布を使ったものに心が奪われた。細やかな手作業に思わず「すごい」と連発していた。今回誘われていなかったら出合えなかった世界に、連れて行ってもらえて本当に良かった。
 満足して会場を後にし、店舗の並ぶ一角で飛沫防止パーテーション越しにコーヒーを飲んだ。二人展の話で盛り上がった。「簡単そうなのは作れるかなあ」と意欲を示すと「簡単に出来るよ」と彼女はペンを取り出した。トレイに敷いてある紙ナプキンに円を描き、縫い目を印して、縫って絞って繋げていくだけで、ひとつの作品になると教えてくれた。
 そして私達は次の目的地に移動しようと席を立った。ペンを取り出した時、彼女のバッグから何かが落ち金属音がしたので、再度、捜したけれど見つからなかった。最初に支払う時、私の分も一緒に払ってくれたので、後で渡した五百円玉をそのまま彼女はバッグの脇ポケットに入れた。それが落ちたようだった。転がりもせず、テーブルの土台の下に入り込んでしまったようだ。「まぁこんなこともあるわ」と言いながら駐車場に戻った。支払い機の前には、故障なのか作業をしている人達がいた。駐車券を渡すと「料金はいいですから」と言われた。
「これってさっき落とした五百円玉と繋がっているよね」
二人で顔を見合わせて、笑いをこらえることが出来ないほどのテンションになった。たった五百円のことなのに面白がらずにはいられなかった。
 もう一ヵ所美術館を巡り終え、今流行りのカフェのデザートを食べながら彼女が言った。
「幸せのかけらを取り出すといいんだって」心の中から忘れていたかけら、埋もれているかけら、それはその人にしか取り出せないものだ。幸せな出来事、瞬間、場面は思い出せば数限りなくあるはずだ。
「今これも幸せのかけらになるね」ふわっふわのパンケーキを口に運びながら言うと
「これは幸せのかたまりよ」と彼女は笑った。
 後日彼女からキルトキットが送られてきた。
「幸せのかたまり」となって。


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