岡山市民の文芸
随筆 -第51回(令和元年度)-


小麦色の彼女 西崎 良子


 「電気なければただの箱」。どこかで聞いたことのあるこの言葉どおり、朝、目覚めてみると、冷蔵庫がただの箱になっていた。周囲水浸しというおまけつき。真夏まっ只中というダメ押し付きで。もはや絶望を通り越して、笑いが込み上げてきた。
 冷蔵庫の扉を開ける時は、未知との遭遇にワクワクすらした。「中はどうなっているんだろう。そういえば、数日前から変な音がしていたなぁ」。
 庫内の様子は、想像した通りの惨状だった。想定内のこととはいえ、文句を言う相手もなく、広げたゴミ袋の中に溶けた食品を放り込むだけの、ため息の出る作業だった。サヨナラ冷凍食品たち。ちょっとだけ未練は、今日食べようと取っておいた大好きな高級?アイスクリームだ・・・・・残念。
 そんなことより、この猛暑の中、冷蔵庫なしで一時もいられはしない。すぐに調達しなければ。近所の電器店に電話で尋ねるも、数日はかかるとの返事だった。それは困る、一日も待ってなどいられるものか。
 時間を見計らって、郊外の大型家電店へ車を走らせ、開店と同時に冷蔵庫売り場へまっしぐら。どうせなら、最新の多機能なものが欲しかったのだが、現状ではそのような選択肢などない。何でもいい、今日中に欲しいのだ。売り場の店員さんに状況を伝え、声高に「今日中に、今日中に」を連呼した。
 交渉の結果、今日中に届けられるのは、展示品の一、二種に限られた。それは、長く展示されていたらしく、型も古くうっすら埃すら被っているようだった。それでも今日のうちに届くとあって、まあいいか、と即決した。
 その日の午後、新しい?冷蔵庫はやって来て、壊れた前任者と入れ替わった。仕方なかったとはいえ、望まれないままこちらの都合に翻弄された、気の毒な冷蔵庫でもあった。
「変な色じゃなあ」
「製氷器が自動じゃないがー」
「使い勝手が悪いなあ」
 家族の散々な雑言の中、新冷蔵庫は、一言の反論もせず、黙々と仕事を始めた。
 昨日までの、隙間もなくぎゅうぎゅう詰めの庫内に比べれば、広びろと明るく、何と自由でさわやかなことだろう。
 改めて眺めてみれば、茶色のボディーも個性的で素敵ではないか。製氷も、水を入れる一手間だけではないか。そして、何よりも静かではないか。
 扉の内側に貼ってある説明書を剥がしながら、乾いたタオルで丁寧に、内から外へと拭いた。「これから宜しく頼みますよ」と、扉を静かに閉めた時、「まかせて下さい」と、小麦色の肌の彼女は、力強く答えてくれた。
 明日は、高級?アイスクリームを入れよう。


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