岡山市民の文芸
随筆 -第50回(平成30年度)-


森のセラピー 長島 恵美子


「今日の体調は如何ですか?」
 A先生の一人ひとりへの問いかけから、ヨガのレッスンは始まる。
「梅雨時は気分も滅入りがちですから、今日は逆立ちをしてみましょう」まだ先生の補助付きだが、逆立ちのポーズで瞑想した後は、どこかにタイムスリップしてきたかのような心地良さが得られる。聞こえるのは、夏鶯の他、複数の鳥の声だけ。車の音を三分さえぎるというのは、我が家にいては難しい。
 降り出したようだ。雨の音がこんなに落ち着く音だったとは初めて気がついた。目を開けると、外のテラスで雀たちが雨宿りをして遊んでいる。頭立ちポーズの逆立ちから見る雀とは、目線の高さが同じだ。こんなに愛らしい姿形だったのかと気がつく。窓一杯に山の緑がパノラマのように広がる。
 肩立ちや頭立ちを含め、逆立ちポーズを指導する教室は少ないと聞き、やはり、A先生の指南を仰いで正解だったと思う。やればできるじゃないのと、ほくそ笑む。ヨガは気付きと言うが、その第一歩だったかもしれない。


 鉄棒の逆上がりは出来ない。ドッチボールが受け取れないので逃げてばかり。運動の何が楽しいのかわからない。子供の頃から運動オンチの運動嫌いで、肩こり歴は四十年余という大ベテランの私。一念発起して始めたのが、「ヨガ」である。初めは、市街地でA先生が講師を務められていた「五十代からのヨガ」を、一年半ほど受講した。
 A先生のご実家の近くの、ここ山あいの別教室に体験に来た日も、梅雨空が広がっていた。葡萄畑を曲がると、高台の建物から、手を振ってくださる先生が見える。昔、通われた小学校の分校の建物らしい。
 眼下に岡山市の貸農園が広がり、旭川の向こうに津山線が見える。ヨガをするには絶好の、緑に囲まれたロケーションだ。かつて、自転車で通った中学校区の端に、このような長閑な地区があったとは知らなかった。先生は、私が中学校を卒業した年の生まれで同窓生だ。春の山桜も楽しみに、片道十四キロ、車で二十五分ほどかかる教室に移籍して、一年になる。


「〇〇」さんは、逆転のポーズがお得意ですね。この中級レベルの内容がちょうどいいですよ」これまで運動面で誉められたことは皆無だ。教室では毎回、元気分けていただく。
 間と終わりに、休息のポーズが入る。深い呼吸。ラベンダーの香りの目枕。全身の緊張がほどけ、ヨガのひと時が心地よく彩られる。どれだけ体が曲がるか、ねじれるかが問われているわけではない。それが、私をヨガに惹きつける魅力である。
 レッスンの日は、身体の隅々まで酸素を取り入れ、リセットされたような感じだ。そして、深い、深い眠りに誘われる。ヨガは、運動不足解消に加え、目下、森のセラピーである。







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