岡山市民の文芸
随筆 -第50回(平成30年度)-


白髪 吉田 園子


 一週間もすると静かにニョキニョキ顔を上げてくる。
 横目で舌打ちしながら、うぅ~ん、もう少し……。鏡の前で分け目を押さえてみる。十日もすると、くっきりと横一直線に列をそろえて行進するかのごとく伸びてくる。
 雨が降ろうが、雪が降ろうが、灼熱の太陽の下で汗まみれになろうが、季節など関係ない。友人の一言で落ち込んだり、習い始めた英語はチンプンカンプンだったり、心は浮いたり沈んだりの精神も関係ない。
 私の場合は、二週間持たない。
 七十歳にもなって、当然の白髪。が、まだ現役で他人さまに見られる仕事をしている。それで意識しているのだ。
 すべてが時を重ねて衰えていく中で、年々勢いを増してくるのは白髪だけだ。コンクリートで打ち固めても少しの隙間に雑草は生え伸びてくる。白髪と雑草とたくましい二つの力にあやかりたいものだ。
 髪の毛の多い私は子供の頃「バカの大ガッソウ」と、からかわれた。要するに、髪の毛が多く頭は大きいが、中身は空っぽという意味である。
 年頃になってパーマなどかけようものなら美容院から帰る時はまとまっているが、一晩寝て起きるとヤマアラシのごとく髪の毛は大きく広がっている。すぐにモーツァルトやベートーヴェンになった。
 今はカットが進歩し、何とか毛先が治まるようになった。が、毛先は良い。毛の根本、生え際が問題なのだ。一週間、十日も過ぎると「また 美容院に行くの?」という夫の言葉など無視して駆け出さねばならない。二歳年上の夫の頭は剥げて頭上を数本の白髪が泳いでいる。私の髪の毛を少しあげたい位だ。
 あの日、予約の時間に遅れる!と、真夏の正午、自転車で暴走していた。舗道に上がろうとした瞬間、タイヤはふにゃりと段差にからまった。「ヒャッー!」悲鳴を上げながら起き上ろうとするとポタリポタリ血が落ちる。右手小指の下がぽっかり深い傷で口をあけている。頬も痛い。左手も痛い。
 明日から、高知の仕事がある。白髪を染めないで行くわけにはいかない。
 ヨタヨタと美容院にたどり着いた私を迎えたスタッフはア然としている。顔に氷を当て手の傷をティシュで押え、とにかく一時間三十分白髪を染めた。
 病院に行くと、左親指骨折、右手は五針も縫い、右頬には大きなバンソウコウがはられた。白髪をかくして若ぶるどころか、あられもない姿だ。どんなに見かけを若くしても老いてきている体は、何かあるとボロボロ出てくる。
 「ゆっくり、気をつけて!」をうるさい程ささやかれながら、階段も何もかも急に慎重になった。ゆっくり……と自分で自分に言い聞かせながら―それでも、十日もすると白髪は元気に出てくる。






現代詩短歌俳句川柳随筆目次
ザ・リット・シティミュージアム