岡山市民の文芸
随筆 -第48回(平成28年度)-


巣立ち 早 川 浩 美


 我が家の前は山。竹や雑木の林は居ながらにして森林浴と野鳥観察を楽しませてくれる。
 春は野鳥たちの巣作りの季節。次々に野鳥がやって来る。「ツツピー」と鳴くのはヤマガラ。「デデポーポー」と山バト。メジロ、カワラヒワ、ヒヨドリ、セキレイ……見ていて飽きない。
 この春、仕事やボランティアで出かけることより家にいることが多かった。そのおかげで、ホオジロとツバメとヒヨドリの巣立ちに立ち会うことができた。
 四月中旬、ホオジロの巣を庭の雪柳の中に見つけた。巣の中には卵が五つ。親鳥が昼も夜も温め続け、無事五つのひながかえった。
 それまで一羽しか見えなかった親鳥が二羽になった。エサを運ぶのは夫婦で協力するようだ。夜になると一羽は巣に帰り、卵を抱いていたときのようにひなを抱いていた。
 雨の日は一日中巣に座っている。ひなを雨に濡らさないように自分が屋根になっているのだ。卵の時と違って、巣は手狭になってきている。ひなは窮屈なのか時々動く。そのたびに親鳥は座り直し、ひなが一羽も雨に濡れないようにしている。頭も背中もびしょ濡れになりながらも子どもたちを守っていた。
 そうしてついに巣立ちの日を迎えた。庭で草取りをする私の目の前に一羽目のひなが転がり落ちるように飛んできた。
 二羽目、三羽目も巣から出た。上手く飛べないのならまた巣に帰るのかと思えば、もう帰ることはしない。巣は空っぽになった。
 間もなくエサをくわえた親鳥が帰って来た。巣にひながいないのに気がついて「チイチイ」と、必死の声で鳴いている。ひなはひなで必死に鳴いている。巣立ちに際して飛び方やエサの取り方を教わる間もなく親子は別れてしまうのか。生垣のツゲの木の中にひながいる。その同じ木の下に親鳥がいる。その間わずか三〇センチ。でもお互いに出会えない。親と子の悲しい声ばかりが響いている。空からは非情にも雨が降り始めた。
 居たたまれなくてその場を離れた。声は、やがて親鳥の声だけになり、暗くなるまで聞こえていた。翌朝も聞こえていたがいつのまにか聞こえなくなった。
 ツバメも親鳥は子の巣立ちを知らなかったようだ。こちらは、巣から出て電線に止まっているところを見つけ、エサを運んでいた。
 ヒヨドリは幼さを残した声で必死に鳴くひな鳥をやはり親鳥が必死の声で探していた。
 そうして季節は夏へ。ひな鳥たちが巣立った後の林はがらんとしている。
 「ね、ひな鳥たちが巣立ったらこの林、すごく静かになっちゃったよ」と、夫に言った。
 「そりゃウチと同じじゃが」と、夫は答えた。
 我が家も春に娘が嫁いだ。この春私が家にいることが多かったのはそのためだ。
 「ほんとに……」
 後の言葉が続かない。涙がほろっとこぼれた。





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