岡山市民の文芸
随筆 -第40回(平成20年度)-


スカートを買いに行こう 為房 梅子



 電車の時間までには三十分ある。三十分はベンチで待つには短いようで長い。本屋かコーヒーでもと思うと長いようで短い。結局、地下街をぶらぶらすることにした。
 キョロキョロ歩くには少し気恥ずかしいほどに、ウインドウのディスプレイは色水の洪水のようだし、洋服もバックも靴も若者のための一番街だと思ってしまうように、一段とリニューアルに拍車がかかっている。
 この通りは目的地に行くためのただの通路にしか過ぎず、いつも俯きかげんに足下を見つめ、急ぎ足で通り過ぎる私には、眩しい場所なのだ。
「これもブランドと言うのかなあ」
 気のない目で時間潰しを始める。いつもだと気にもかけないスカートがふと目についた。思わず自分の足元を見る。
 今日も少しくたびれかかったズボンは、相変わらずの煤けたベージュ色。ポロシャツの薄いピンクに少し救われたような気はするが、おしゃれからはほど遠い。第一、近頃はズボンとは言わず、「パンツ」らしいが、私などは「パンツ」と言うと下着のようで、言葉にするのも憚るほどに恥ずかしい。
 それにしても「スカート」を買ったのはいつだったろう。思い出せない。
 誰が、どこで、いつ、と思うような超、超なミニスカートがあると思えば、長袴のように長い、長いながーいロングスカートがあったりする。天女の羽衣のような虹色は今にもふわり、ふわり天空にまで行けそうに軽やか、大胆な色使いは夏本番の南国気分にしてくれそうだったりと、何でも有りの店内を横目でちらり、斜めに構えてチラリ。でも、店内には入れない。始めてスカートを見た明治女のような驚きで、一歩がどうしても踏み出せない。
 カルチャーショックとはこういう時に使う言葉だろうな……。
 もしかしたら「あんたは今まで損をしていたのかも知れないよ」、頭の片隅で囁く私がいたりする。気の滅入るような濁った深緑や黒と紛うような焦げ茶色、煤けた色合いの土色ばかりのズボンを好んで買っていたのだからね。
「あーあ」
 何も悪いことしていないのに、こそこそ逃げ出してしまった。ため息一つ、吐出して。
「よし、スカートを買おう!」
 胸の内でガッツポーズをした。が、でも、ここでは買えない。いくら目覚めたとは言え、私には到底身につけるには無理な物ばかりだし、それに値段が私向きではない。その上、店内に入るのさえも気後れしている……。
 いつものスーパーマーケットに行こう。そこで、猛暑にも負けず「ぐいっ」と首を持ち上げ、背筋をぴーんと伸ばし、お天道様と真っ向勝負している向日葵のように、暑さをちょっとだけ楽しめるように、丈は膝上の気持ち短かめを探そう。
「明日は、スカートを買いに行こう」

ものは、そういった濃密な「時間の記憶」なのかもしれない。

 

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