岡山市民の文芸
随筆 -第39回(平成19年度)-


お父ちゃんの手 有道 喜代子


 お父ちゃんと言っても、父のことではない。夫のことである。
 結婚して翌年子どもが生まれたときから、夫のことを私は「お父ちゃん」と呼んでいる。このように呼ぶようになってから、それはごく当り前のように自然に口から出る。
 今年の六月初め外庭で、老朽化した鍬の金具を柄からはずした夫が、玄関前で転倒し、右手の甲を四針縫う傷をしてしまった。
 転んだとき、ネジマワシ、スッパナ等右手に握っていた。こんなに血が出ているのに離さない夫の手を見て、私は思わず「早く離して!」と叫ぶように言った。工具を大切にする夫の思いを垣間見た。
 一か月経ってやっと傷がなおったかな、と思っていた矢先のこと、七月十三日の朝突然足が立たないと言う。両手ががたがたとふるえている。
 夫の異状に、あわてた私は救急車の電話番号がすぐには浮かんでこない。隣りの奥さんに電話して救急車を呼んでもらう。夫の病状は呼吸はしているが、意識がもうろうとしている。九度以上の発熱。「どうか生かしてください」と心の中で祈るばかり。
 K病院での診断の結果は純粋の肺炎。ベッドの上で目を閉じている夫に向かい「お父ちゃん」と呼びかけたが応答なし。十分ほど経ってもう一度呼んだ。
 目を開けたが、今まで見たことのないうつろな目。彼の手をさすりながら、昨年めまいの病気で私が三か月間寝たきりになったときのことを思い出していた。ポータブルトイレを使用する度に、夫が捨てに行ききれいに洗ってくれた。「捨てるの、度毎でなくていいよ……」と言っても「快適なように」と、ためたりはしなかった。点滴の針を消毒した手で上手に抜いてくれた。
「お父ちゃん、あのときの恩がえしをしていないから、わたしを残して一人、遠い国へ旅立ったら絶対に許さないよ……」
 何度も口の中でつぶやくように言いながら、夫の手をさする。男性にしては細長くてキャシャな手をしている。
 入院六日目の朝だ。私は重い足どりをひきずりながら病室の前まで来た。
「Aさん、早くそばに行ってあげて! お父ちゃんの目が開いて、笑っておられるよ。熱も八度台に下がったんよ……」
「えっ! ほんとう!」
 重い足どりがとたんに軽くなった私は、夫のそばに走り寄った。
 健康な頃と同じ顔が笑っている。
「お父ちゃん!」と呼ぶと、すう——と夫の手がのびて私の手を握った。
 誕生日、母の日、結婚記念日等に毎年交わす力強い手であった。

 神戸に住む娘一家、アメリカの次女が見守るなかで、よみがえったお父ちゃんの顔が笑っている。



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