岡山市民の文芸
随筆 −第38回(平成18年度)−


大坪 光恵


 最近落ち込んでいる。理由は簡単。童話を創作し始めて十八年になるが上達しない。自分の満足できる作品が書けないからだ。
 落ち込んでいる時に不幸は続く。癌検診のついでに受けた検査で骨粗鬆症と診断されたのだ。
「癌の心配はないよ。でも、骨密度が低いなあ。立派な骨粗鬆症だ」
 ターバンを巻いて砂漠に立てば、そのままアラビアのロレンスになれそうな院長先生は、髭を撫でながらにこりともせずにおっしゃる。
「コツソショウショウ・・・ですか」
「閉経したら女性は骨粗鬆症を心配せんといかん。女性は男性と違って非常になりやすい。ちょっとのことで転んで大腿骨でも骨折したら寝たきりだな」
 ヘイケイ、コツソショウショウ、ネタキリ。もうあなたは女じゃないのよ。おばあさん。そう言って突き放されたような気がした。
「まあそんなに心配しなくても良いよ。骨を強くする薬を飲みましょう」
 ショックを隠せない私に同情したのか先生は歯茎をのぞかせて笑った。私は精一杯のユーモアで答えた。
「コツコツがんばります」
 ロレンスはニッと笑った。
「骨を強くかあ」口をすぼめてクリニックを出る。さあ夕食は何にしよう。やっぱり魚だな。そう思って、デパ地下の鮮魚売り場へ急ぐ。トレイの中にきれいに盛られた魚たちを見た瞬間、特性要因図を思い出した。別名フィッシュボーンダイヤグラム。どうしたら顧客が増えるだろうか。どうしてこんな事故が起きたのか。良きにしろ悪しきにしろ問題点やアイデアをどんどん書き出して、その要因を分析する場合に使われる。
 贅沢とは思ったが立派なお頭つきのヒラメのお造りを買った。彼と目が合ったからだ。
 夕食後大きな紙にマジックで太い線を引く。背骨だ。右側に魚の頭を書き童話大賞と記す。
その後はランダムに背骨に向かって大骨、大骨に向かって中骨、そして小骨を引く。骨は要因、方法などだ。読書力が足りない、人の意見を真摯に受け止めない、題名に工夫がない、主人公が生き生きしていない、内容がワンパターンだ。どこが悪いのか気づいていないなど、かなり厳しいものになった。
 人間は本来自分には甘い。でも、この方法でちょっと違う立場から分析してみると納得できるから不思議だ。人間ドックではないが丸裸になってしまう。そして結果を見せ付けられると納得せざるを得ない自分がいる。
ふふふっと笑ってしまった。要因は分かった。後は反省と努力。
そして書くのみ。マジックで書いた魚も笑った。テーブルの上には骨だけになっても、かたくなに上を向いているヒラメがいる。
 ありがとうロレンス先生、ありがとう骨粗鬆症。そしてヒラメ君。
 ヒラメの丸い目をつついた。
「私もいつも上を見つめるからね」
そう言って。



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