岡山市民の文芸
随筆 −第37回(平成17年度)−


山里の風 石田 美智子


 「なんにも食べんでええから“上”へ帰りてぇな│」
 八十六歳で亡くなった舅が、病院や私たちの家に居た頃、帰れないことを承知しながらもチラッと本心を見せた言葉である。
 “上”というのは舅が長年住み、牛を飼い、子どもを育て連れ合いを送り、その後何年も一人暮らしをしていた山里のこと。私たちは結婚して四十年、正月や盆、春秋の墓まいり、田植えや稲刈りと夫婦共に何度〃上〃まで往復したかわからない。
 そして舅が亡くなって八年、誰も住まなくなった山里の家に夫と二人で度々通っている。
 岡山市南部の我が家から、県中北部の山の上までは二時間近くかかる。山道にさし掛かると小川がシャワシャワチョロチョロ話しているように流れている。木々の緑のトンネルが続き“上”に着くまで一軒の家もない。
 細い坂道を登り、開けた場所に出ると夫が育った古里“上”に到着する。そこには十数軒の家が点在している。
 この山里には、昔も現在も病院とかスーパーなど無く、交通の便が悪いのも変わらない。
 空の色と草木の緑の他、何も見えない。鳥の鳴き声と草刈り機のブォーンブォーンという音が谷間から風に乗って聞こえてくる。
 こんな山里では風の香りが緑色で、味でさえ緑色のやさしい味に感じられる。
 風の無い日に落ち葉を焼いていると、白い煙がフワーと谷間に流れ落ちるように広がっていく。風が少し強いと竹や木の葉の緑をすり抜けて、むくむくと登っていく。こんな様子を煙が棚引くというのだろうか。煙があまり広がると、近所の人が火事と間違わないか心配な時もある。
 舅は様々な手作りの物たちを残してくれた。竹で編んだ大小の篭。竹箒は少々重いが庭の落ち葉を掃くのにはなくてはならない。やはり竹製の菜箸や小さな杓子は今も重宝している。わが娘もこの杓子の愛用者で、結婚した先でもお味噌をすくったり、炒め物の時に使っている。手作りの物からはそれぞれに舅の温かさが自然に伝わってくる。
 舅の手作り品の中で私が気に入っているのが「塵取り」底がブリキで回りは薄い板、取っ手は皮を削った木の枝が、自然のまま使ってある。へとかくの字に曲ったままに使ってあるが、これが舅のセンスの良さである。
 舅は庭先の大きな柿の木の下で、いつも風に包まれてこれらの手仕事をしていた。近所の人たちが寄らない日は、風やタヌキが話し相手だったに違いない。
 夕方になるとカラスがサワッサワッと羽音を残して、頭上を通過していく。
 舅が愛した山里の風の中に一日居ると、カリカリした気持ちが優しくなれる。
「お舅さん、今日は岡山に行く?残る?」
「…まあ、今日は“上”へ残ろうか」
 風の中に舅の声が聞こえたような気がした。



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