岡山市民の文芸
随筆 −第34回(平成14年度)−


高田 邦子


 それは道を曲がった先に落ちていた。落ち葉にしては、柔らかそうで厚みのあるその茶色いものは。
 「誰?」と訊きながら、私はすいよせられるように近づいた。雀だった。冬物のセーターの詰まった袋を放り出して、私は雀に触った。まだ温かかったが、日差しに熱せられたアスファルトのせいかもしれなかった。
 掌で転がすように、私は柔らかい雀の体を調べた。雀は昼寝をしている息子のようにぐにゃぐにゃしていた。どこにも傷はなかった。羽根も傷んでなかった。それどころか雀は作りたてのようにきれいだった。つやのある羽根の一本一本がきちんと並び、尾羽根も扇子のように広がった。頭や胸の羽毛は柔らかで精巧な竹細工のようだった。
 まるで誰かが眠っている雀を道の端にそっと置いたみたいだった。そして私がどうするか隠れて見ているみたいだった。
 クリーニングの袋を抱え、雀を掌にのせたまま、家に引き返した。部屋から猫を締め出し、テーブルの上に雀を置いた。それからもう一度クリーニングに出かけ、スーパーに寄り、銀行の用も済ませた。
 雀の部屋に入った。一時間ぐらい経っていた。雀はあのまま寝ころがっていた。後頭部の羽毛が寝癖のようにはねていた。触ると少し硬直していた。でもまだ暖かいような気がした。私は雀の頭を撫でながら、冷えていくのを待った。まだ暖かいものを冷蔵庫に入れることができないように、埋めるには早すぎたのだ。少しずつ死んでいく雀の傍らで、コーヒーを飲みながら、推理小説を読んだ。
 玄関のチャイムが鳴って息子が帰ってきた時、私は小説に没頭していた。雀はすっかり冷たくなっていた。
 「死んどるよね」私は息子に念を押した。「うん」と息子は答えながら、雀をじっと見た。「きれいにできとるなあ。こんなにじっと見ることないもんなあ」「そう」私は言った。「埋めてこようか」息子は雀をティッシュで包み、庭へ出て行った。「さよなら」と私は雀に言った。
 死んだ野良猫や、野良猫にやられた鳥や、牛窓で捕った蟹やらでうちの庭はもう一杯だ。草原から、道端から、こっそりと死体を拾ってきて埋めるのは、まあ言ってみれば、私と家族の仕事だ。だから庭にレンガも敷かない。コンクリートも打たない。
 「ぐみの木の下に埋めたよ。あそこだけ空いとった」と息子が言った。「よかった」と私は言った。なくしたパズルの一片を見つけたような気分だった。私はまた推理小説にとりかかった。「昼寝するよ」息子は自分の部屋に入っていった。



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