岡山市民の文芸
随筆 −第27回(平成7年度)−


黄色いリボン 有道 喜代子


 今年三月初め、私の誕生日に友だちからプレゼントが届いた。
 商店独特のカラフルな包装紙に包まれ、幅広の色鮮やかな黄色いリボンがかけられてあった。私はその蝶の結び目がとても気に入ったので、解くのが惜しくて結び目をそのままにしてリボンをはずし、包みの中からそっと箱をとり出した。ふたを開けると、「いとしのエリー」の曲が流れてきた。私の欲しかった宝石箱である。友の温かい心が私を包むように感じられた。
 この日の朝、夫は新車を購入した会社へ、「午前中に古い車を受け取りに来てください」と電話をしていた。「せめてもうしばらくの間、いやもう二日間でも待って…」私は車の引き渡しを一日、一日と延ばしていた。夫はもう限界だと言う。
 それには夫なりの理由があった。この車を十年前に購入したとき、十万円を倹約したばかりにハンドルが重くて、ハンドルを切るとき、夫はしかめ顔をしなければならなかった。いったん走り出したら快調ではあるが、早く次のパワーハンドルの車に乗りたい。こんな夫の気持もわからないわけではないが、もう限界だなんて言っては車が可哀相だ。
 昔から中古車しか買えなかった身に、初の新車購入に夫も私も心が踊った。その年、私の長い勤めも終わっていた。退職記念に車で丹波大江山を越え、丹後半島を巡った。天の橋立近くの旅館前で、ピッカ、ピカの新車「スターレット」の車窓から首を出し、にこにこ顔で手を振っている夫の姿を、私はカメラに収めている。
 遠乗りは退職後が多く、九州、四国、大阪、京都等々、勿論市内の私だけの用事にも、夫の運転で足となり東奔西走してくれた。車は私にとって一個の「物」でなく、心を持つ生きた人間そのものであった。
 外に迎えの車の音が聞こえ、家の前でぴたりと止まった。「辛いから見送らないよ」私は夫に約束していたことを忘れ、とっさに、黄色いリボンとテープを手にとるが早いか、庭に走り出た。「ああ、車はまだ無事で私を待っていてくれた」私は運転席のハンドルの上に一秒間、リボンをのせ、すぐ車の左側に回りドアを開けた。私の指定席前の平らな場所へ、リボンの蝶結びが見事に見えるように、しっかりとテープで止めつつ、自然に声が出た。「ありがとうよ!十年間も私を無事故で運んでくれて…」車の無償の愛に何度お礼を言っても足りない気持だ。わが子に対するように私は車の白いボディーを愛撫していた。
 迎えの人に「ごめんなさい。つい別れが尽きなくて。リボンをつけさせてもらいました」私の顔は涙でぐちゃぐちゃになり、後の言葉に詰まった。一瞬、驚いた夫の表情は、私を見つめ、顔はゆがみ、もらい涙を見せた。
 夫と私の見守るなか、ゆっくりと車は庭の通路から前の道に出て、東方に向きを変えた。黄色いリボンが、瞬間大きく揺れるのを見た。



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