岡山市民の文芸
随筆 −第26回(平成6年度)−


芝焼き 藤井 玉子


 二月十日、午後一時から行われる後楽園の芝焼きを見に行った。
 この日は時折、粉雪の舞うとても冷たい日であったが、すでに沢山の人達が芝生の周りをぐるりと取り囲んでいた。作業員数名が手に手に布を巻きつけた竹箒を持って立っている。どうやらその布には灯油が染み込ませてあるようである。
 やがて、芝生の中に植えてある松などに火が燃え移らないようにと、バケツで根元の周りに水がかけられていった。人々がかたずをのんで見守るなか、竹箒の布に火がつけられ、それでもって、芝生の端から撫でるようにして火は移されていった。
 枯れた芝の上に放たれた火は、まるで生物が這うように燃え移っていった。期せずして
「オーッ」
 という歓声が上がった。真向かいから走ってくる炎は、私をめがけて突進してくるように思えた。赤いきれいな炎であった。
 風の向きが一定でない時、芝焼きの低い炎は、どちらへ走ろうかととまどっているように見えた。風向きの変った瞬間、細く尖ってひょろひょろしていた炎は、少し太くなり立ち上がって、行方を定めようとしているかに見えた。
 芝生の外側から内へ内へと、一気に攻めるように燃え移っていく炎を見つめていると、なんだか自分がどんどん追いつめられて、逃げ場を失ってしまったような気さえしてきた。
 しゃがみ込んで、目を閉じ、静かに耳を澄ましてみると、風の音に混じって、芝の燃えているパチパチという何とも小さな、清らかなかわいい音が聞こえてきた。
 見る見る内に燃え尽きてしまって、真黒い絨毯のようになってしまった焼芝の上には、白く細い煙が、あちこちでやわやわと立ち迷っていた。時折、粉雪が思い出したように舞い下り、黒い絨毯へ吸い込まれるようにはかなく消えていった。それは、本当にきれいな景色であり、自然の織り成す絣の模様とでもいうべきか、いくら見ていても見飽きるということはなかった。
 風が強くなった。と、到る所で白く細く立ち昇っていた煙は、とぐろを巻いていく蛇のように、渦を巻いていくうず潮のように、黒い焼芝の上をずんずん広がっていった。皆、口々に感嘆の声をあげて見入った。またある時は、煙が龍巻のように旋回しながら空へ昇っていき、いっせいに喚声をあげて、いつまでも煙の行方を追った。
 枯れ芝の燃えていく炎の様も、黒い焼芝の上に立つ煙の様も、私に深い感動を与えてくれた。黒い焼芝にそっと手を触れてみると、しばらくあたたかさが残っていて、まるで霜柱を踏んだ時に似て、はりはりと崩れた。焼芝の下からは、もうすでに今年の芝の新芽の黄緑色が、ほつほつと覗いていた。春は近いのだ。私は感に堪えながら、黒一色の芝生のまわりを一周してから園外に出た。



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