岡山市民の文芸
随筆 −第16回(昭和59年度)−


珍客の入来 末菅 喜代子


 今日は、国鉄の貨車が我が家にやってくる。夫は朝から玄関を出たり入ったり。遠来の友を迎えるように、そわそわ落ちつかない。午前中には到着すると、日通からの電話にもう待ちきれず下の街道まで出迎えに行った。
 去年の十月拂い下げ貨車の報道が新聞、テレビで伝わると我が家では倉庫にどうだろうと、いち早く意見一致をみた。私ども国鉄一家で、夫も息子もかつては駅にて又車掌区の現職として、お世話になっている。
其の後、国鉄の心配に反して学校の倉庫に、あるいは別荘に、売店にと各方面からの需要が殺到したとは、まったく驚いた。岡山県の配送は、ひとまず水島において車輪を取って各所へ運ぶという。十一月には、貨車の座る場所を裏の畑へととのえて待っていた。
 そしていよいよ今日、一月二十一日のことである。私も心配で横丁の角まで迎えに出た。「あら!!大変…。」
 電線に頭を打たないように、路幅にも気を配りながら、そろり、そろりと長いトレーラーに眞黒い巨大を横たえ、すごく大きなクレーン車を從えての御入来である。
 かつては、「ゴーゴー」と鉄路を北から南へ眞しぐらに走り廻り、戦後の復興に力をかした勇ましい彼も、車輪を取られては手も足も出ない。唯、黙ってトレーラーに身を任せている。先日降った雪を頭にふんわりとのせて、中央にある扉の両端をそのとけ水が頬をつたわる涙のようにしたたり落ちる。
 やがて我が家の門の前。クレーン車は貨車の胴体をロープでゆっくりつり上げる。
「ウゥーン。ウゥーン。」
 大きなうなり声を上げながらクレーンが動く。近所の人が何事かと飛び出してくる。自重8.9屯の体も輕々と人の高さ程に持ち上げ、そのまま向きをかえトレーラーから離して一旦空地におろす。四人の係員は、ロープを引いたり手をそえたりする程度で、クレーンはすごい力持ちである。場所を前方に移動して再び貨車をつるし、所定のコンクリートの上へ、尺度をみながら労るようにそっ≠ニ置く。四ヶ所の車輪の切り口にゴム製の当板をはさみ安定を確める。
 『昭和三九年、川崎製鉄作』と彫り込まれている。「意外に若いのネ」今年二十歳。人であれば、これから成人して働くところ。これで『お役御免』とは、とても可哀そう。「ようこそ、こんなむさくるしい所へ。」
 永い間、雨の日も風の日も西に東に、自らの使命を全うされ、さぞお疲れのことでしょう。今日から我が家の一員として、共に仲良く暮しましょう。主人とも退職者同士でなつかしい思い出話もありましょう。どうぞゆっくり座って休んで下さい。
 よく晴れた冬の午後、トレーラーとクレーン車を見送って、急に静かになった。彼の座ったコンクリートの上は、雪どけのしずくにぐっしょりぬれていた。



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