岡山市民の文芸
現代詩 −第53回(令和3年度)−


さいご 田房 正子



「さいご どうなるんだろう」と 私の母
にぎやかな食卓には不似合いなほどの
静かな口調に みんなの箸を持つ手が止まる
「それはもう びっくりするくらい垢ぬけて
仕事も恋も手に入れるに決まっているって」
私は とっさに
いつも母と見ているドラマの結末予想をした
「ドラマ見るにも暑いわ この部屋」と長女
「エアコン 寿命なんじゃない?」と次女
娘たちは リビングのエアコンの寿命予想
「いやいや 熱くなるぞ 今年こそ優勝」
夫は ひいきの野球チームの優勝予想
会話は キャッチボールとは ほど遠く
へたくそなパス回しで 迷走し
立て直すのに四苦八苦する
母が もしかしたら 自分のさいごを
思い浮かべて つぶやいたのではないかと
私たちは 勝手に想像し 勝手に動揺する
ひととき 食べて 喋って 夕食が終わり
「おやすみ」と 夫は 一足先に席を立つ
さて そこからは いつもの女子会
母が言う
「ところで さっきの話だけど」
私にも 娘たちにも 緊張が走る
「さいご 二月だって
あの雑貨屋さん 閉店するらしいよ」
さっきの「さいご」は このことだったか
「セールするかもね」
「いいね 女子だけで 買い物行こう」
世代をこえても 女子の集まりは楽しく弾む

洗い物や片付けや 明日の下ごしらえを終え
家の中が静かになると 耳を澄ませる
母の部屋から聞こえる 新聞をめくる音
料理番組を見ながら うんうんと頷く声
戸の隙間から ほのかにもれる灯り
そんなものを 全部寄せ集めて 安心をする
また明日も あさっても ずっと
こんな時間が こんな日々が続きますように
「さいご」まで





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