岡山市民の文芸
現代詩 −第53回(令和3年度)−


味わう 岡 由美子



さあ 何から召しあがりますか
看護師の声かけに
食べたい食器を指さす
気管切開して 声の出ない私の伝達手段は
ジェスチャーと筆談のみ
二か月間 経管栄養をしているうちに
嚥下機能が 大きく低下してしまった
誰よりも 食欲旺盛な私だったけれど……
ミキサー食の小匙一杯を 口に入れてもらう
舌の上で転がし 献立表から探り当てる
白いのは お粥
サーモンピンクは 鮭のバター焼き
黄土色は かぼちゃの含め煮
モスグリーンは 小松菜の和え物
黄緑は キャベツと胡瓜のサラダ
食材の姿は とどめていないが
味覚で 何の献立かが解る
「味わう」喜びを かみしめる

介護職だった八年間が 頭をよぎる
高齢者の食事介助には 毎日携わった
ペースト状のミキサー食が
何の献立なのか 考えたことはなかった
ひたすら 気を遣ったのは
喉に詰まらせないこと
せかさないこと
少しでも多く 食べていただくこと
事故がないように
時間内に終えられるように
それらを 第一目標にしていた
「味わう」ということの大切さには
気がつかなかった……

みごとに完食されましたね
看護師が わが事のように喜んでくれる
私は手を合わせ 頭を下げる
相手を思い遣る食事介助への感謝と
一口ひとくちを
味わいながら食べられたことへの
感謝をこめて





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