岡山市民の文芸
現代詩 −第53回(令和3年度)−


和箪笥の中は 森本 恭子



和箪笥の底の新聞紙を入れ替えようと
引き出しを上から順に開けて
着物やシャツをすべて取り出した
底に敷き詰められて茶色く変色した
古い元号の新聞紙が現れる

私は独り 無言のまま作業する
一枚?ぐたびに 桐の木本来の匂いと
湿気を吸った古い紙の匂いが立ち上る
今日まで自分の持ち場にいた新聞は
真新しい パリッとした紙とは違う
半ば朽ちかけた手触りがいとしい

見開きの新聞を両手で引き出す
廃棄される日に浴びる久しぶりの陽光
運命の日が来たね 今までお疲れさま
慎重に優しくしわをのばして畳む
強く触れると破れるほどもろいから

目を落とすと懐かしい広告が飛び込む
その頃 有名だった単行本で
夢中になって読んだ記憶が蘇る
痕跡として残る宣伝文句の数々は
やがて私の想像力をかき立て
じんわりと胸が熱くなる

手元の新聞と時を共有した私は
束の間のひと時 その中をさ迷う
剥がれ落ちてゆく思い出や
こぼれ出てしまう喜びや悲しみに
自分の青春時代が美化されないことに
いささかがっかりしながら

箪笥の中で密かに呼吸し続けた衣装に
冷え込んだ六畳部屋の空気が入り込む
今日の新聞を何年か後に取り出す日
少し背伸びしていた私が懐かしいかしら
指先に箪笥の匂いがしみてくる
ようやくすべての入れ替えが完了した
ふと 誰かに話しかけたくなった


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