岡山市民の文芸
現代詩 −第52回(令和2年度)−


風に手渡すように 岩藤 由美子



不意に
コンクリートの
地面に引っ張られ
顔や膝を
したたか
打ちつけた

地面から剥がした体で
ビスケットの厚みほどの
段差に
目を遣れば
遠い日が
駆けてくる

「転ばんように気をつけてな」
老いた母の家から
帰るとき
繰り返した言葉
母がどう返事をしたのか
もう思い出せない

気をつけても
転ぶときは
転ぶ
そんなこと
誰もが分かっていて
託しているんだ、きっと

「気をつけて」
今もどこかで
そっと
風に手渡すように
誰かと
誰かが
言い交わしているだろう

こんなに
短い言葉に
込められている想いの深いことよ


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