岡山市民の文芸
現代詩 −第52回(令和2年度)−


友がひとつ卵を置いていったのだとしたら 高山 秋津



きょう 一軒の家に
「売家」という幟が立った
八十歳を過ぎた友が
ひとり暮らしを止め
息子の住む街へ引っ越したのだ
生活が消えた家は蹲るように
ただ淡い影となっていた

すっかり背中が曲がってしまった彼女は
過ぎた日を畳むように視線を折り畳み
下ばかり見るようなった
建物も同じだ 年を取る
壁のひび 欠けた雨樋 扉の錆びた取っ手
けれど
噤んだガラス窓の向こうに
障子が真っ白なまぶしさを放っていたのだ
友の決意を見た

和紙を丁寧に切り揃え
ゆっくりゆっくり貼っていく
きのうに何度も引き戻されながら
見送った「時」に糊付けをして
桟に乗せていく
腰に手を当て
肩でほうと息をつき
出来上がりを眺めたに違いない
心に終止符が打てたのもこの時だろうか

わたしの裡をあかあかと染め上げて
白い広がりは
やがて
大きな羽を持つ鳥となっていった
そこへ
友がひとつ卵を置いていったのだとしたら
わたしは
言葉の前に立ちつくし
孵化を
見届けなければならないのだ


現代詩短歌俳句川柳随筆トップ
ザ・リット・シティミュージアム