岡山市民の文芸
現代詩 −第50回(平成30年度)−


漂う一日 七雲



朝刊を取るためには 痛む脚で門まで数歩
門の外を眺めれば さらに遠い世界
老翁がこの門を出るのは
週に二日のごみ捨てのとき


浅い眠りのあと
老翁は 血圧計の帯を腕に巻く
数値は 上がったり 下がったり
血圧計の気分次第
計測は 日に何度も引く みくじである


浅い眠りのあと
老翁の思い出が 懐から出てくる
ひとつ ふたつ みっつ よっつ いつつ
ぐるぐる お手玉が始まる
一度にたくさん来られても面倒だ
老翁は懐に ふたつ押し戻す


浅い眠りのあと
老翁は 洗濯物をたたむ
化繊のシャツに毛玉が目立つ
老翁をして一層たらしむるものは
この毛玉である
糸切り鋏を握る指先に 力がこもる


浅い眠りの中
老翁のまぶたの裏に 碁盤が現れる
直線が伸びて 交差する群青の空
白石 黒石  交互に増えて陣地を広げる
次第に眠りが深くなる老翁


満天の碁石たちにも 器に戻るときが来る
器の中で 各々がぶつかるその音は
念仏を唱える声に似てはいないか


意識は 海の底から浮いてくるように
老翁は浅い眠りに戻る
閉じたまぶたの裏で
右足の靴下の綻びが 気にかかる








現代詩短歌俳句川柳随筆トップ
ザ・リット・シティミュージアム