岡山市民の文芸
現代詩 −第48回(平成28年度)−


招 待 状 岡 田 房 子



夕陽が沈むころ 看護師さんが
食事を運んで来る 同室の向かいの女性の
テーブルには何も置かれない 栄養剤の
入った管を指差し彼女はさらりと言う
「難病で ずっと絶食なの
だから私のご飯はこれよ」
彼女を前に食事を取るのが
いたたまれない私は できるだけ
音をたてないように静かに食べ物を口に運ぶ


彼女には息子の勇太君がいる
学習発表会で勇太君はハーモニカを演奏する
うまく吹けなくて幾度も先生に
叱られるけれど お母さんに聞いてほしくて
懸命に練習している


日曜日の朝 お見舞いに行くとき
カバンの奥に 発表会の招待状を忍ばせた
「もし手術を受けなければ、退院は
しばらくの間無理ですよ」
お医者さんがお母さんに告げるのを
病室の入り口で聞いた勇太君
「………」
俯くままのお母さんをはじめてみた
いままでで一番ていねいにかいた招待状
お母さんがベッドを離れたとき、勇太君は
唇をきゅっと結び それをゴミ箱に捨てた


勇太君が帰ったあと、くしゃくしゃになった
しわを何度も伸ばした
−お母さんへ
  ぜったいにぜったいにきてください
彼女の瞳からぽろりぽろり、涙が零れ落ちた
一文字一文字に込められた勇太君の思いが、
大きな迷いからすうっと掬ってくれた


翌朝、彼女はお医者さんに告げた
「どんな辛い治療でも受けます
 先生、手術をしてください
 息子のハーモニカを聞きたいのです」




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