岡山市民の文芸
現代詩 −第43回(平成23年度)−


「しつけ」る 石井 佳子


白檀がほのかに香るタンスから
畳紙に眠る
大島紬を取り出す
一度も手を通したことがない
母の心が一縫一縫に込められて
藍の色が眼にしみる


整然とたたまれ
すっきりとのびた端ばしに
白い絹糸の「しつけ」がまぶしい
袖口・袂・衿・裾とその役割にふさわしく
きりりとした線が母の強さを思わせる


「しつけ」によって
着物は 一分のくるいもなく
その美しさを発揮している
きっとアイロンではこのようにはいかない
強い力で圧力をかけると
布の風合が失われてしまうのだ


「しつけ」はやわらかくきっちりと
きまりをつける
長い時間をかけて ゆっくりと
生きるすべを体に教えていく
取り除いてもきまりは失われることはない


たよりなげな細い一本の糸が
きりっとしまり
布にしみこみ
着る人の心の底まで届く
そのおだやかで厳しい力
それは 瞬間ではなく永遠なのだ

今こそ この力を大切に・・・・・・と
一本の「しつけ」糸を抜いて思った
手を通すと
ひんやりとした感触と
母の想いが伝わってきた


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