岡山市民の文芸
現代詩 −第42回(平成22年度)−


犬島 井上 晋二


閉ざされた鉄扉の向こうが精錬所だ
案内人が扉を開けるが
僕の足は止まったままだ
入れないのではない、入らないのだ
過去への拘りは僕だけだろうか
僕の心の中の精錬所は僕のものだ
僕の心の中の犬島は僕の心の中の犬島だ
僕の足は昔暮らした我が家に向う


近くの丘から見える煙突は昔のままだ
カラミ煉瓦の転がった地面がアートな地面に変わっても
僕の遊んだゴムのボールは心の中で空に向って跳ねている
女の子は女の子の遊びを楽しんだ
男の子は男の子の遊びを楽しんだ
楽しいものを作って遊んだものだ


石材工場の発破の最中でも
僕らは近くの丘で、竹で作った紙鉄砲の撃ち合いで夢中だった
お菓子の景品の野球選手カードは僕の宝物だ
ビー玉も色柄の違うそれぞれの宝物だ


学校が終って行く港近くの岩場では
じっとしている魚が見えた
その魚を釣るのがなかなか難しい
腹一杯の魚なのか、寝ている魚なのか
夜は夜で大人達がカーバイトの臭い匂いのランプを持って夜ぼりつりだ


思い出は島という離れた空間で別のものだろうか
波の中に消えていく思い出は
打ち寄せる波の繰り返しで甦る


僕は敷居の高かった我が家に入る
少年時代のままの我が家に


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