岡山市民の文芸
現代詩 −第40回(平成20年度)−


草を抜く 山 本 照 子


水を滴らせている
稗の根を左手に束ねながら
たんぼの草を抜いている
田植え足袋のすき間からはいり込んできた
生温かい水に足を包まれて

一杯の水を飲む
たらたらと汗をかいた総身に
冷たい水はゆきわたり
  おお生きとるわ 生きとるわ と
細胞たちがざわめき始める
たっぷりと水を吸いあげた
稲の葉脈も饒舌だ。
わたしの呼吸と稲たちの呼吸が重なって
初夏のたんぼは祭りのように賑わっている
洗われたような七月の青空に
身もこころも全開にしたわたしは
ゆっくりと ゆっくりと
一株の稲になってゆく

醤油屋のじい様の
たんぼあたりから吹いてきた風が
  お涼みんせえ と
かたわらをさらさらと過ぎてゆく
トンボのくせに威張っている鬼ヤンマが
  お休みんせえ と
頭のうえを旋回する

二百歳の大楠木にもたれて足を伸ばす
汗が木綿のシャツを通して
鱗模様の樹の肌に馴染んでゆく
父さんも母さんも
じい様もばあ様も
この樹にもたれてつかの間をまどろんだ
それらのひとたちの
汗の匂いが立ちのぼってくるようだ

つんつんと早苗の伸びてゆく音に
うすみどり色の大気がかすかに揺れている
わたしは明日も草を抜く




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