岡山市民の文芸
現代詩 −第40回(平成20年度)−


さくら色の花の下 玉 上 由美子


確かにそこに春はいるのだと分かっていた
なのに
春が見えない 見つからない

少しだけ冷たさの戻った
花散らしの風のせいばかりではなかった

指を広げて「掴んでよ」と両手を伸ばしても
知らないふりして「ふわっ」と振り向いても
腕を組んだまま「捕まえたっ」と胸の前で抱き締めても
春はいない 触れない

地面に這いながら咲く蒲公英の真黄色も
人々の数え切れない念いを飲み込んだ
染井吉野の溶けてしまいそうな淡紅色も
生まれたての蓬の密やかな萌葱色でさえ
賑々しくそこにあるというのに
春だけがいないのだ

かといって
後ろ向きの思い種だけに纏わりつかれているわけではなく
けたけたと口を開けて笑うことも
舞いながら手を叩いて喜び合うことも
たくさんあった
そう全く十本の指では足りないほどに

なのにあの日から
春が見えない 捕まらない

従順すぎる彩色の中
在ることが永遠に続くと錯覚する景の中
孵化しきれない小動物の影を背負って
見えない春が動いていく

さくら色の花の下
にこにこしながら惜しげもなく
ばいばいと言ったあなたの唇だけは
鋼色の断雲の前にはっきりと見えて



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