岡山市民の文芸
現代詩 −第39回(平成19年度)−


長い手紙 檀上 利恵


水の底に潜って もう一度見よう
今は無き あのなつかしい風景を
すかんぽの花が咲く
ただ静かな山間の村で
風と雲だけが渡っていく空を
見上げながら

想いはいつも還っていった
私は小さな子どもになって
村へと続く灼けた真昼の道を駆けてゆく
ただそれだけで幸せだった
それだけがすべてだった

いつか時代は激流のように
様々な想いを押し流し
過疎の村をダムの底へと沈めた
季節を描く絵筆と共に
この彩なす大地の息づかいを
春と共になだれ込む
すべての生命の温もりを
静かなる水底へと封印した

時を経て ここに立つ
私は問う
枯れることなく水を湛えた
この水面にむかって
私はだれかを支え
役立つことができただろうか、と

もう一度
水の底に潜って
小さな魚になろう
今は無き あの人のまわりを
何度も何度もくるくる回ろう
すいかに似た甘い香りの水の中で

夕暮れまで こうしていよう
今はただ
穏やかな時間の流れに身をまかせ
ゆっくりと長い手紙を読むように



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