岡山市民の文芸
現代詩 −第34回(平成14年度)−


真夏の昼さがり 山本 照子


ざっく ざっく ざっく
九歳の少年が駈けてくる
降りしきる夕立の中を
総身からは雨を
心からは一途さを
滴らせながら
すれ違いざま
薄紫の傘の下
高校生の私は言い放った
 可哀想に
立ち止まった少年の瞳と 私の瞳が
ぶつかる
少年の瞳は 私を跳ね返す
私は少年の瞳を 脳裏に閉じこめる


今も
少年の瞳は 脳裏で息づいている
瞳は
私を
攻めるのか 罵倒するのか 恨むのか
反省を促すのか 謝罪を迫るのか
否 瞳はただ しんと 存在する


ヘルメットの下の髪は しおれている
頬は灼けて もうすでに 赤銅色
建築現場の ガードウーマンの私は
排気ガスの中 汗を吹きだして立っている
女が通り過ぎていく
パラソルにかくまわれた顔は 灰白い
爪にはネールペイント
ふと振り向いた女は やさしく言った
 大変ねえ
うつむいた私の瞳と
少年の瞳が
アスファルトの上で重なった
輪郭さえも 揺るぎなく
その 刹那
脳裏を離脱した瞳は
三十年前の 少年のもとへと 帰っていった
太陽が降りそそぐ 昼さがり