岡山市民の文芸
現代詩 −第33回(平成13年度)−


銀の鋏で 小椋 貞子


銀の鋏で髪を切る
無機質な切れ味を孕む銀の鋏で髪を切る
風の形に揺れ
まろやかな豊かな私の両肩に
ふりかかっていた黒髪を切る


突如火を放つ私の中の女
沈着していたはずの私の中の女が火を放つ
嫉妬や増悪
羨望葛藤悲愴
火だるまとなり
阿修羅のごとく足裏から燃え盛ってくる
繋がれていた臍の尾や胎児の重さぬくもり
あふれんばかりの乳房の丸み疼き
すべてを巻きあげ
鋏をめがけてかけ登ってくる


失うものはもう何もないはず
待つものも焦がれるものも何もないはずだ
赤い薔薇の花を切ったこの高慢な指も
マニキュアで海の色に染めた傲慢なこの爪も
すべて昨日までの私
今は
おだやかな祈りの形に髪を掬いあげよう
恋をしたこの唇もこの耳もこの目も
ひと束にして左手のひらで束ねあげよう


鏡の前に正座し髪を切る
体温を失って
はらはらと降り積もってくるもの
そこからはるか女を越えて
生れくるもの達の声を聞く


首筋にあたる風の新しさ
切りたての髪の先の
肌にあたる痛みの清しさ


銀の鋏で髪を切る
きっぱりと髪を切る