岡山市民の文芸
現代詩 −第31回(平成11年度)−


クリーナー
掃除機 斎藤 恵子


部屋中を転げながら走る
音もなく降りつもる
世塵を吸い込みながら
世塵は
喜びのところ
楽しみのところ
怒りのところに降りつもる
叩けば埃の出やすい
面に広がるからだ
哀しみのところにはつもらない
切なく細いひとすじの線に降りおち
哀しみが浄めるからだ
世塵は機微に敏感なのだ
そして じわじわした力をもつ
白を黒に仕立てていくことも
黒を白く装わせることもできる
存在の光を失わせ あやふやにしていく
呼び集まりながら内部に染みていく
少し染みたぐらいが
住みやすいかもしれないが
染みつくと取り去るのは難しい
吸塵パワーで吸い取る
スイッチ「中」をオン
飛行場の轟音に似た唸り
汚れようとする力は相当なものだ
音で拮抗する
熱で除菌する
なじんだ混濁も吸い込む
つもりやすい片隅の悪癖も吸い込む
集めやすい黒い後ろ髪も吸い込む
またすぐ溜まるが
さしあたっての分を除去する
がむしゃらに前を向いて吸い込み
後ろで排気する
いっぱいになったら
圧縮し紙パックに詰める
世塵を捌くことはできない
正体も成分も分からない
灰色のまま
可燃物の収集日に出す



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