岡山市民の文芸
現代詩 −第30回(平成10年度)−


遠い記憶 檀上 利恵


森に居た
光と影は別々の思いをはらんで
葉影の間にいくつもの縞を作った
ゆる
動がないのは光ではなく
塗り重ねた影の重さだった


遠い森の記憶は
どこか曖昧で
曲がりくねった空洞に
笑いや 哀しみや 怒や
とるに足らない日常を
流し込んでは みな
かろうじて幸福という樹を保っていた


そうして
ぽつり、ぽつりと置き去りにされた想いは
言い出せないまま 胸の奥で
時折、カタカタと音をたて
私の眠りをさえぎった


わたし
崩れたものは 実像ではなく
あなた
この先に刻々と移ろう 虚像
忘れ去ることで癒される心と
乾いてゆくことで朽ち果てる念とを
抱き合わせたままで せめぎ合う
この時間の流れの中で
時計の針は
半分は過去をふりこぼし
もう半分は未来を掬い上げ
いま
そうして、そのわずかな線上に 現在を刻む
わたし あなた
実像と 虚像の間に
遠い記憶の断片を
轍のように残しながら…



短歌俳句川柳現代詩随筆目次
ザ・リット・シティミュージアム