岡山市民の文芸
現代詩 −第30回(平成10年度)−


雨の日の午後三時 玉上 由美子


 雨の匂いが好き。
バックミラーに顔をのぞけて
娘は言った。
 どんな匂い?
 雨に匂いなんて。
私は少しだけアクセルを踏む。
目的地までまだ遠い。
 降り初めの匂い。
 こう、
 何て言ったらいいのかな、
 草の匂い、ううん。
 あじさいの匂い、ううん。
 お母さん、わからんの?
 水の匂い。
 うん、そう、
 蒼い水の匂い、
 透き通った水の匂い。
ワイパーがはげしく左右に揺れる。
雨は車の窓ガラスを這うように伝う。
 当たり前だよ、
 だって雨は水だもの。
見慣れたはずの風景は
雷雨注意報の向こう側。
 そうじゃないよ、
 水とは違う、
 雨の匂い。
 冷たい氷の匂い。
確かにあるはずの風景が
目の前にないもどかしさ。
加速できない車が道路をうめつくす。
 雨の匂い
 消えちゃったね。
 いっぱいの雨と車で
 消えちゃったね。
バックミラーに娘の声だけが写る。


雨の日の午後三時。



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