岡山市民の文芸
現代詩 −第29回(平成9年度)−


海図 小椋 貞子


蹴ったね
今、蹴ったね
その力、昨日と違うね
私の身体の中心でふんばってふんばって
ああ、ずっしりと重い。


日毎、せり出てくる腹を見ると
おまえという位置には驚かされる。


人は人とのつながりを
海から始めた。
人の始まりが海だとすれば
おまえが私の中の羊水にいるのも
不思議ではない。


私は私の母と同じように
私の中の海におまえを育んでいる。


私達の海図におまえをきざみこもう
風はおだやか
波はゆるやか
私達の航海の中の一起点。
航路は
途方もなく広く遠い
おまえよ
私達の芯になれマストになれ。
だが、
やがては、いつか
つなぎあったへその緒を切り離すように
別れてゆくだろう。


白き帆を張る昼下がり、
私は
眠っているだろうおまえを起こさないよう
そろりと重き身を南へと傾け
私達の海図をながめている。



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