岡山市民の文芸
現代詩 −第27回(平成7年度)−


残照 余頃 政敏


春一番が吹き荒れた昨日とちがって
静かな夜のひととき
テレビの歌謡番組に合わせてか、妻の口ずさむ歌が聞こえる。


結婚以来全くといってよいほど 耳にしたことのなかった妻の、心なし照れているような歌が聞こえる。


二人の娘を育てあげ 今また孫をあずかって、
四十年間 甲斐甲斐しく動き回った妻に
歌など口ずさむ余裕はなかったのか…


今こうして私が聞き耳を立てているのも知らないで
妻の か細い歌はつづく。


表情はおだやかだろうか。
心はくつろいでいるのだろうか。


やっとつかんだ自分の時間をさもいとおしむように
妻は自分と自分の夜を紡いでいる。


私も又 いつになく嬉しくなって
妻への即興詩を口ずさみながら
妻の紡ぐ時間の繭の中にいる。


そして…


春を裁つ二人の時間
残照のような生の時間が やがて
私のまわりで凍てつきながら
泣き笑いをし初める。


傾く夜の深まりのなかで…



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