岡山市民の文芸
現代詩 −第25回(平成5年度)−


たわわな葡萄を 玉上 由美子


宇宙の中をさまよう 父の意識は
静かで
もう ヒト でなく
まだ ヒト であり
実った葡萄を
一房 一房 切り取っていく
伸び切った葉っぱを
一枚 一枚 片付けていく
こ こ
現実にいない 父の意識は
生涯愛した 葡萄園の中にいて
溌刺と動き回る 過去にいて
病を持たない体で
わ ら
微笑いながら たわわな葡萄を収穫していく


病室の永い夜の孤独を
時計の針で計っている
永い永い と繰り返し言い続ける父の傷みを
知ろうともせず
涸れていく父の生命を
解ろうともせず
ただ わたしは
宇宙の中をさまよっている父の意識と
話をしていた


 「春」 は 何故
 「花」 から始まるのだろうか
 「春」 が
い き
 父に 呼吸することを忘れさせたというのに
 「春」 が
 父の心臓の音を吸い取ってしまったという
 のに
 「春」 に
 父は 死んだ というのに


ひとつの固体になってしまった 父の体は
もう ヒト でなく
まだ ヒト であり
生涯愛し続けた 葡萄園に佇立している
夢から 還れないままに
解き放たれた 魂のままに



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