岡山市民の文芸
現代詩 −第24回(平成4年度)−


カイコは 歩き廻らない 玉上 由美子


カイコは 歩き廻らない
      逃げ出さない


―そうではない―


カイコは 歩き廻らなくて よい
      逃げ出さなくて よい


四千五百年の間に
餌を 与えられ続け
糞の始末を され続け
交尾の相手を あてがわれ続け
 歩くことを 忘れてしまった
 逃げ出すことを 忘れてしまった


シャアシャアと 桑を食い
シャアシャアと 図太く 生きながら
ヒトの為に
唯 太らせてくれた ヒトの為に
光る糸を吐く
命を 振り絞って 糸を吐く


捜さなくて よい
飛ばなくて よい
唯 桑を食い
千メートルもの 輝く糸を吐く


歩かないからと
逃げ出さないからと
誰が 笑えようか 誰が 侮れようか
誰が 傷ぶれようか


無心に 一本の糸を吐き続け
生き そして 死んでいくものたちよ


そういう「生」もあるのだ と
そういう「死」もあるのだ と
誰が 合点せずに おれようか



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